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-本編(1)

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プロローグ

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4998年12月21日 11:58
シルクス帝国領レイゴーステム、ゾルトス神殿、大聖堂

 石灰岩と大理石と漆喰、そして塗料によって白く染め上げられた街・レイゴーステム。「白の回廊」と呼ばれ、シルクス帝国──そしてかつてのリマリック帝国の人々から親しまれ、保養地・避寒地として愛されてきた街であり、その歴史は今から2488年も昔にまで遡る。この悠久の歴史の間に、この街は7回の地震と5回の大火、3回の大洪水に襲われていた。しかし、その度に、人々は廃墟の中から立ち上がり、人ならざる者の手によってもたらされた災厄の痛手を癒し、レイゴーステムの白い街並みを昔よりも美しく壮麗に、そして賑やかで活気溢れる街へ蘇らせてきた。破壊と復興のサイクルは幾度と無く繰り返され、いつしかこの街には「不死鳥」という栄誉ある名前が冠されるようになっていた。
 しかし、レイゴーステムの街に訪れた最後の──そして最大の災厄は、人間の手によってもたらされた。この時の災厄はレイゴーステムに住む人々の命と絆と心を大きく引き裂き、多数の悲劇と不幸、そして憎悪を生み出した。後に、この街は奇跡的に復興を遂げるが、18年前の災厄が残した傷痕はあまりに大きく、「不死鳥」という称号はもはや使われなくなっていた。
 そして、最後の災厄が街を見舞った日から数えて18年目となるこの日、レイゴーステムの街では、18年前の悲劇を思い出し、命を落とした者達の魂を慰める為の儀式が行われていた。この街に住む者にとっては18年前に亡くした肉親を思い起こす日であり、その悲しみと鎮魂への思いは一層深まっていた。普段は街並みを見ては歓声を上げ、住民達相手に和気藹々と会話を交わす観光客も、この日ばかりは慇懃な態度を守り、18年前に命を落とした者達への礼節を尽くしていた。街の至る所で花が捧げられ、葬儀の時にしか用いられない香草・ヒューネリアルハーブ──第1魔法文明期に品種改良で生み出されたハーブの香りが、白い壁に囲まれた街を包み込んでいた。普段は人気の全く無い公共墓地には、18年前に死を迎えなければならなかった祖先を慰める為に多くの親戚達が足を運び、彼らの大好物であったであろう酒や菓子を墓に供え、彼らの冥福を祈っていた。
 18年前に発生した災厄に関する追悼行事の中で、最も大きな儀式が行われているのが、ここ運命神ゾルトスの神殿であった。エルドール大陸の神話体系の中では、「超神」に継ぐ高い地位が与えられ、地球上に存在する128体の神々の頂点に立つ神を祭った神殿である。この神殿の大聖堂には、レイゴーステムに住む名士や有力者、そして街に住む人々の中から特別に選ばれた者とごく僅かの観光客のみが集い、18年前に命を落とした人々に鎮魂の祈りを捧げていた。彼らの中には、自分を除いて残り全ての家族を災厄で失った者もいれば、5年前にレイゴーステムへ引っ越してきたばかりの新参者も含まれていた。しかし、18年前に亡くなった者に対して哀悼の意を表していたことは、全ての者に共通していた。
 大聖堂の最後列に腰を下ろし、沈痛な面持ちで儀式の様子を見守っていた中年男性にとっても、その想いは一緒である。彼の名はシルヴァイル・ブロスティン。シルクス帝国通商産業省タバコ部外国取引課長の地位にあり、帝国有数の特産品であるタバコの輸出入を一手に管理するエリート官僚であった。だが、18年前の災厄は彼の心にも大きな爪痕を残していた。彼は18年前まで、レイゴーステムを中心に冒険者として活発に活動を続けていた。彼とその仲間達6人は地元でも有数の冒険者して知られ、「将来はこの中からエディオス・アリム・リマリック(リマリック帝国の建国者)のような大物が生まれるのではないか」と賞賛されていた。しかし、18年前の災厄は彼らにも襲いかかった。そして、6人のうち1人が命を落とし、1人が生死不明となり、残る2人とは離別を余儀無くされてしまった。辛うじて生き残ったのはシルヴァイル自身ともう1人の仲間だけである。
 16年前に追悼行事が始まってから、シルヴァイルは必ず12月になるとレイゴーステムを訪れていた。彼が通産省の敏腕官僚として活躍し、どれだけ仕事が忙しくなったとしても、彼は毎年欠かすこと無くレイゴーステムを訪れ、12月24日には大聖堂の中で祈りを捧げていた。その傍らには常に1人の女性──リスティル・ゴートが腰を下ろし、彼と同じように沈痛な面持ちで仲間の魂を慰めていた。今では、名前を「リスティル・ゴート・ブロスティン」と改め、その傍らには9歳になる長女と7歳になる長男を連れている。この2人の子供達にとっては、年末年始にレイゴーステムを訪れるのは年中行事の1つでしかなかったが、いつもは明るくてやさしい両親が、この日だけは悲痛な表情を浮かべ、時には涙さえ流すのを見て、彼らもこの旅行が「特別なものである」ことに薄々気付き始めていた。
 大聖堂で行われていた追悼行事は、地元の名士代表として演壇に立っていたバーゼルスタッド・フォン・シュレーダー大蔵大臣の追悼文朗読が終わるところまで進んでいた。大聖堂の中からまばらな拍手が起こる。大蔵大臣が演壇から下りると、朗読を盛り上げる為に行われていたパイプオルガンの荘厳な演奏も止まった。その代わりに、ゾルトス神殿司祭の声が大聖堂内に響き渡った。「これより、4980年に命を落とした全ての者の為に、1分間の黙祷を捧げます。皆様、起立・脱帽の上、黙祷への御協力をお願い致します」
 司教の言葉が終わると、人々は司教の指示に従って立ち上がった。シルヴァイルも息子達を立たせ、自分も妻と一緒に起立した。彼の手には商業神クリーヴスのホーリーシンボルのレプリカが握られている。
 大聖堂は自然と静まり返り、静寂に覆われた。大聖堂の壁に掛けられている大時計の針が時を刻む音だけが、微かに大聖堂の中に響いていた。そして、大時計の秒針と長針と短針が1つに重なった瞬間、レイゴーステムの街に、ゾルトス神殿の鐘楼に吊り下げられた鐘の音が響き渡った。いつもは正午の時報に過ぎない鐘の音であるが、この日この時間に鳴らされる鐘には、18年前の災厄によって命を失った者達に対する鎮魂の想いがこめられていた。人々は鐘の音を耳にすると、歩みを止めて口を閉じ、帽子を脱いで目を閉じ、大聖堂の中にいる人々と同じように祈りを捧げていた。
 鎮魂の鐘は12回鳴らされた。最後の鐘が鳴らされてから5秒後、司祭は演壇の脇に立ち、厳かな声で言った。「御協力、ありがとうございました。御着席下さい」
 人々は司祭の言葉通り、椅子に腰を下ろした。ブロスティン夫妻も周囲に倣う。
 司祭の言葉は続いた。「では、最後に、ゾルトス神殿司教ベルクラント・フィッシャーによる祈祷文朗読を執り行います」
 演壇に現れたのは60歳を過ぎようとしている老けた男性であった。彼の顔には大きな傷が走っており、本来右目が存在するべきであった場所には、漆黒の眼帯が着けられている。
「皆様、本日はお集まり頂きましてありがとうございます」フィッシャー司教の言葉は明瞭であり、大聖堂に集う全ての者の耳に届いていた。「今から18年前、人間達の悪しき行いによって、この街は大いなる災厄に包まれました。今では街並みも美しく蘇りましたが、この時に我々が受けた心の傷を癒すことはまだできていません。そして、人々の心の中には憎悪が未だに残されています。18年前、我々はあまりに多くの物を理不尽な形で失い、この手にすべきでない物を──」
 シルヴァイル・ブロスティンは司教の言葉に耳を傾け、微かに頭を縦に振った。
 ──そう……全ては18年前……あの時、私達は多くの物を失ってしまった。ならば、私達は何を手に入れた?
 司教の言葉に耳を傾けながら、シルヴァイルは自問自答を続ける。18年間考え続けた命題でありながら、未だに答えを見出すことができないでいた。彼にとって、18年前の災厄に対する整理をつける為には、この命題には何としても答えを見出さねばならなかった。その一方で、「この命題を考えることで、底抜けするほどに楽しかった20年前以上の日々を忘れずにいることができるのであり、それならば、答えが見つからなくても良いではないか」──彼はこのように考えることもあった。複雑に揺れ動く彼の心であったが、大聖堂を訪れフィッシャー司教の言葉を聞く度に、いつも同じ気持ちへと戻っていくのであった。
 ──18年前の災厄……私達は「悲しみ」と「憎しみ」の他に、何かを手に入れることができたのか?


 「18年前に発生した災厄」──レイゴーステム以外の地に住む者達は、これを次のように呼んでいた。

 「名門貴族ファヴィス家の反乱」と。

 今から紹介する話は、この反乱に巻き込まれた人々の、ありのままを描いた記録である。

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『Campaign 4980』目次 / 登場人物一覧
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