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-本編(1)

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プロローグ

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4998年12月1日 20:14
シルクス帝国首都シルクス、某所
「それでは、乾杯」口髭を生やした男がワイングラスを掲げた。
「乾杯」髭を生やしていないもう1人の男性が同じようにしてグラスを掲げた。2人のグラスが乾いた音を立て、グラスの中に入れられていた赤い液体が音も無く揺れた。
 シルクス帝国首都シルクスの一角にあるレストランの地下室で、2人の男が極秘のディナーを共にしていた。レストランに作られていたワイナリーを改造して作られたゲストルームであり、唯一の出入り口は2人が信頼するガードマンたちによって封鎖されており、彼らの会話が外に漏れ出すことは決してなかった。事前に【アナライズ・マジック】の呪文を使った盗聴装置の探索も行われており、この点の心配も無用であった。
 2人が食事を共にするテーブルには、彼らが飲む赤ワインのグラスとボトル、店の主人が厳選したブルーチーズが乗った皿、そして、これらを照らし出すマジックアイテムのランタン──決して光が消えることが無い──が置かれていた。
「ところで」ワイングラスを傾けながら髭面の男が訊ねた。「これから、『商品』はどうするかね?」
「『商品』?」
「そうだ」髭面の男は声を落とし商談を始めた。「我々が使っていた『あの機関』が廃止されただろう? 代りを探し出さねばならん。どうするつもりだ?」
「代りといっても……」髭無しの男はワイングラスを置いた。「『あの機関』に変わる有効なシステムが見つかるとでも思っているのか? 『あの機関』ほど、我々の期待と要求を受け入れてくれるものは無いのだぞ」
「確かにそれは分かる」髭面の男はブルーチーズを口に入れた。「……ふむ。これは美味い」
「店の店主が直々に選んできた品だそうだ。エブラーナ産らしい」
「なるほどな……。それはそうと、話を本筋に戻そう。……君が『あの機関』に対して寄せていた信頼と、『あの機関』に対する依存の度合いについては私も承知している。だが、我々の顧客の要望も考えてもらいたい。『あの機関』が停止され、我々の仕事が困難になった後も、彼らは私に対して更なる『商品』の供給を望んでいるのだよ」
「どれくらい欲しいと言っている?」
「来年の6月までに20欲しいそうだ。その他の国に対しても似たような注文がきているそうだ。詳しいことはともかく、シルクス帝国に対しては20の供給が割り当てられた。関係国全てを合わせれば60か70になるだろう」
「彼らの外国品好みには呆れ返る……」
「私も同感だ」髭面の男か頷いて賛意を示した。「あの程度の『商品』なら、自分の国でどうにかしてもらいたいのが本音だがな……。しかし、我々は彼らに雇われた『シンジケート』の一員に過ぎん。疑問を呈することは『シンジケート』に対する反逆になり、我々全体……しいては『シンジケート』全体の破滅に繋がる。『シンジケート』を通じて甘い汁を吸ってきた我々が、今更その道から足を洗うこともできんだろう? となれば、我々がすべきことはただ1つじゃないのかね?」
「『商品』の確保、か……。しかし、どうやる?」
「そこは君の腕の見せ所だろう? 『あの機関』を利用することを考え出した君のことだ。また興味深いアイデアが思い浮かぶのではないかね? 私としても、それを期待しているぞ」
「努力はしよう」髭無しの男は頷いた。「しかし、金がかかるかも知れんぞ」
「それは心配するな」髭面の男はにやりと笑った。「君に対しては、4998年上半期の報酬と今後の活動資金、合計100万リラが用意されている。この会食が終わってから、早速受け渡しを行いたい」
「100万リラか……。それだけあれば、何とかできるだろう」
「では、頼むぞ。『シンジケート』も君の力量に大いに期待しているのだからな」
「それはありがたいことだな」髭無しの男は微笑んだ。「20だったな? 4月頃までに何とかしよう」
「ああ」髭面の男の顔に笑みが広がった。「では、仕事の話はこの位で切り上げ、2人でディナーを楽しむとしようか。チーズの出来映えから見ても、この店のコックの腕前と目利きは信用できそうだ。さすがはシルクスで屈指のグルメ通と呼ばれているだけのことはある」
「お褒め頂き恐悦至極だな」

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『異端審問所の記録』目次 / 登場人物一覧
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