シチルの攻防−背水の陣−
朝霧 水菜
帝国第7部隊『紅月夜』とクレア第2部隊『蒼風』が交戦開始して暫く、
両軍の被害は併せて3000人を超え、情勢は拮抗していた。
「こちらが1563人、相手側が1530人・・・若干、押されてますね・・・」
兵士からの報告を聞き終えて、水菜は少し、表情を曇らせた。
「ほ、報告しますっ! 敵将軍が単独で先行・・・
驚異的な強さで我が部隊の兵士を圧倒しています!」
そこに、兵士が―前線でその強さを目の当たりにしてきたのだろう、
かわいそうなくらい、恐怖にひきつった表情で、飛び込んできた。
その雰囲気に、後方に待機していた兵士達が息を飲むのがわかる。
(エアードさんが・・・・?)
交戦開始当初から感じていた疑問が強くなるのを感じる。
何かが違う―いや、何かが狂ってきている?
「他の帝国の部隊はどうなっていますか?」
胸中の疑念を押し殺して、水菜は側近の兵士に尋ねる。
「え、あ、はい。水薙様、グレイアス様の両法術部隊が敵防衛線の前面に展開。
それに続く形でフィアーテ様の歩兵部隊が進軍しています」
「そうですか・・・」
どうやら、伝達通り、敵防衛線の突破に動いてくれたらしい。
逆に言えばそれは、ここでエアードさんの部隊を打ち損じてはいけないという事。
「全軍に通達。次の攻勢の時に、一気に勝負をつけます」
「え?し、しかし・・・」
「突出している敵将は私が止めます。
私の護衛を数名残して、残りの方は敵兵士を掃討してください」
私の予想もしていなかった作戦に、僅かに兵士がざわつく。
まあ、今の戦況を考えれば無理もない。
しかし、敵将が出ているという事は、その部隊は指揮系統が欠落している。
そこを一気に攻勢をかければ、多少の兵力差は覆せる。
その意図を汲み取ったのか、副将が一歩、前に出、全軍を見渡して、
「聞いての通りだ。確かに、戦況はこちらが劣勢だろう。
しかし、それを覆してやるのが帝国兵士ではないか。
無論、家族や友人が心配なヤツも居ると思う。
そういうヤツは遠慮なく逃げ出していい。それもまた勇気ある決断だ。
本国で胡坐を掻いている貴族連中は後ろ指を指して笑うかもしれん。
だが、前線に出ている兵士達は決して笑ったりはしないだろう。
だからこそ、敢えて言わせてもらう。
さあ、皆でクレアの連中を見返してやろうじゃないかっ!!」
その恫喝が果たしてどれだけ、兵士達に勇気と活力を与えたか。
俄かに、それまでざわついていた兵士達が静まり返り、口々に呟きが漏れる。
「確かに・・・クレアに好き勝手にやられて、黙ってるわけにはいかないよな」
「ああ。あの敵将だって、水菜様が1度、一騎打ちで破っているじゃないか」
「今なら優勢だって、敵も油断してるだろうしな・・・」
呟きは唱和となり、唱和は奇跡を現実にするだけの力を与えてくれる。
後は采を振るうだけ―それで、全ては決する。
「副将さんの言う通り、戦って武勲を挙げるだけが全てではありません。
では・・・帝国第7部隊『紅月夜』、突撃開始です」
『おおーっ!』
そして、『紅月夜』と『蒼風』の交戦は、最終局面に移る・・・
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