シチルの攻防−待ち人−

朝霧 水菜

―帝国領・バライの街・診療所―
オルゴールの音が薄暗い室内に響く。
機械仕掛けの音色は、しかし、この部屋の住人よりは生気があるかもしれない。
「どうして・・・・」
彼女―メイリィは問う。今は居ない、自らが仕えていた者に。
“どうして、私を置いていったのですか?” ずっと問い続けてきて、未だ、答えは見つかっていなかった。
私が戦闘向きではないから?―それは違う気がする。
元々、私は事務的な補佐役として配属された身だ。
それは私が配属になっていた時点でわかっていた事だと思う。
(だとしたら・・・やっぱり、私が倒れたせいかな)
けれど、それだけだとしたら、別に前線の医療班のお世話になればいい話で、
何も部隊から外す事はないと思う―勿論、それも理由の1つだと思うのだけど。
結局は―答えが見つかってないのではなくて、見つけたくないんだろう。
(水菜様は・・・負ける覚悟をしている・・・・?)
その時、不意にオルゴールの音が止まった―何の事はない、ただ、ネジが切れただけ。
だけど、それが何か―よくない事を暗示しているようで、不安が高まっていく。
気がつけば、そのネジを巻き直すだけ気力すら、私には湧いてこなくなっていた。
ただ、呆然と、その無機質な―だけど、どこか温もりがあるような小箱を見つめる。
今から思えば、これも労いの品ではなく、別れの餞別ではなかったのか。
―違うとは思っても、よくない想像は膨らむばかりだ。
「主の言う通りだったみたいだニャ・・・戻ってきて、正解だったニャ」
その声の主は、部屋の扉も開けないで、唐突に私のベッド脇の棚に居た。
「紫苑・・・・」
「そんな今にも泣きそうな顔をするんじゃないニャ。
 主から伝言を伝えに来たんだニャ」
紫苑の様子からすると、余程、私は酷い顔をしているらしい。
と、その紫苑の動きがピタリ、と止まり、
 『後少しで戻れると思います・・・ただ、兵力が不足しています。
  体調が戻ってからでいいですから・・・
部隊に入っていただける兵士を集めておいてください。お願いします』
「・・・・・・・・・っ!!」
驚きのあまり声が出ないとは、この事かもしれない。
紫苑の口から紡がれたのは、紛れもない、水菜様自身の声だったのだから。
「全く、アタシってこういう役回りばっかりな気がするニャ・・・」
「ど、どうやって・・・・?」
元通りの様子に戻って愚痴る紫苑に、私は問いただすように聞いていた。
当の紫苑は事も無げに、自らの毛づくろいを始めながら、
「そういえば、式神については詳しく知らなかったんだニャ。
 式神は、ある程度であれば主の意識と同調が可能なんだニャ。
 まあ、アタシの主はそんなの陰陽術には長けていなかったけど・・・
 その道に秀でた者になれば、完全に式神を自分の分身とする事も出来るニャ」
知らなかった―というか、帝国には『陰陽術』自体がないのだけど。
「そういう訳で、アタシはアンタの補佐役に回されたんだニャ」
その言葉以上に、何日かぶりに水菜様の声を聞けた事が私を勇気付けていた。
ベッド脇に置いてあった水菜様が貸してくれた服を取り、1つ、気持ちを引き締める。
―塞ぎこんでいるよりも、私は私で、今、出来る事をやればいいんだから。

―このメイリィの元に、水菜の部隊が『蒼風』を撃破したとの報が入るのは、
 まだ、あと数時間は先の話である・・・

(2002.10.11)


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