シチルの攻防−狂刃−

朝霧 水菜

―それは、直ぐにわかった。
イメージからすれば、狂気染みた赤―紅に近いだろうか。
―ベキッ・・・・
頭蓋を砕かれる生々しい音が響き、また1人、帝国軍の兵士が葬られていく。
その男を中心として、帝国兵が囲んでおり、
その更に周りで帝国軍とクレア軍の兵士同士が互いを殺し合っていた。
「何だ・・・かかってこないのか・・・・?」
男の威圧感に、明らかに、帝国軍の兵士達は怯えていた。
その怯える兵士達の合間を縫って、円の中心へと駆けていく。
背後では副将や駆けつけてきた後方の兵士達の指示の声が響いている。
既に狭霧は抜き放っている―ここに来るまでに、何人かのクレア兵も斬っていた。
―キィィィィィィィンッ・・・・
辺りに鋭い金属音が響き、互いの刃と刃が交錯していた。
エアードさんは飛び出てきた敵を脳天から斬り殺そうとして、
私は敵の首を跳ね飛ばそうとして、その結果、互いの刃の軌跡が重なりあった。
間髪入れず、互いの刃を弾きあう金属音が連続して響く。
確かに―以前よりも、格段にエアードさんの力は上がっている。
単純な力だけではなく、振り下ろす速さ、切り返すタイミングなどが、
どうすればこんな短期間でこうもなれるのかと思うほど、驚異的に上がっていた。
「・・・・・・っ・・・・・!」
苛烈な攻撃に晒されているせいか、段々と、意識が冴えてくるのがわかる。
相手の太刀筋、体の動き、筋肉の動き、息遣い、視線の動き―――
それら全てを見極めようと、五感を研ぎ澄まし、思考を単純な物にしていく。
あの時と同じ・・・あの、初陣で初めて人を斬った時と同じ・・・・・
“・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!”
心の奥底で無言の悲鳴が上がる気がしたけど、それも聞こえなくなっていく。
真っ白な心で、真っ白な思考で―私は目の前の敵を殺すために動く。

(くくっ・・・なかなか・・・・)
暗い笑みを浮かべながら、俺は自ら飛び出てきた敵兵と刃を交えていた。
今までの怯えながら殺されていった奴とは違う―かなりの手練れらしい。
相手に攻撃を与えても向こうは致命傷を確実に外し、直ぐに反撃が来る。
だが、持久力では俺の方がやや分があるらしい。
徐々に、相手の返す刃の速さが鈍り、俺が押し込んでいく。
極限状態で殺し合っているからこそわかる、微妙な―しかし決定的なズレ。
「・・・・・・・・・・くっ!」
少し力を強めて放った一撃を受けて、相手が僅かにバランスを崩す。
その隙を見逃さずに、足払いをかけて転ばせ、
素早く相手の上に馬乗りになって、膝で相手の利き腕を潰しながら、
喉元に切っ先を定めて、スカイハイを振り上げる。
口元が引きつったような笑いを浮かべ、両手に力を入れ直す――
「水菜様っ!!」
周りでこの兵士の背後を取られないように囲んでいた兵士の1人が叫んだ。
その言葉に、何かが、頭の隅で引っかかった。

“次に主と戦場で刃を交える時は、主を止めて欲しいニャ”

アイツはそれが“死”であったとしても構わないと言った。
けど、俺はどういう気持ちでそれを受けていた?
(ナニヲタメラッテイル?)
うるさいな・・・俺はむかつく奴は嫌いなんだぞ?
(コロシテシマエバイイダロウ?)
だから、それは―――

―ドスッ・・・
「ぐっ・・・・」
いきなり、腹部に強烈な衝撃を受けて、
吹き飛ぶまではいかないまでも、仰向けに崩れ落ちる。
何のことはない―動きの止まっていた俺を水菜が蹴り飛ばしただけだ。
だけど、逆にそれで冷静になれた。
―結局、何が狂っていて、何が間違っているのか。
水菜が俺にトドメを刺そうと、手にした刀を振り上げている。
―こいつはまだ、この“現実”を見れていない。

「なあ・・・お前はそれでいいのか?」
振り下ろされかけていた刀が、ピタリ、と止まる。
この地で何度も見てきたその瞳が、初めて揺らぐ。
「経験者からの意見だが・・・絶対に引きずるぞ。
 自分と親しい者をその手で殺める、っていうのはな」
言って、皮肉っぽく笑って見せる。
今すぐにでも殺されるかもしれないのに、笑える自分が不思議だった。
―カタカタ・・・・
聞きなれない音に、何の音かと思うと、それは食いしばった水菜の歯が震える音だった。
その瞳の揺らぎは、既に隠せないぐらい、大きな物になっている。
「でも・・・『敵』は・・・殺さない・・・っ・・・と・・・・」
何となく、その様子を見て、手元を滑らせて刀を落としてしまわないか、心配になった。
それだけ、俺の心に余裕が出てきた、という事なのか。
「なぁ・・・・お前の言う、『敵』って何なんだ?」
敵―まあ、それは人それぞれの解釈によるだろう。
単純に敵味方の様に軍勢で考える捉え方もあれば、
味方の中でも派閥同士の構想関係から敵対視している事もある。
ただ、それで人を簡単に殺してしまえる仮面を被らせてしまうぐらい、
水菜を縛り付けている『敵』って何なんだ?
「戦場だと・・・みんな・・殺しに来るから・・・っ・・・」
震える唇で紡ぐ言葉は、或いは、こいつの心の叫びか。
気が付けば、周りの喧騒は嘘のように静かになっていた。
既に部隊としての勝負は決しているのだろう。
周りを囲む帝国兵を見、自分の部隊が壊滅させれらた事を悟る。
「殺すのは嫌なのに・・・誰も・・・殺されるのは嫌なはずなのに・・・・」
目に浮かべた涙が流れ落ちるのを堪えるように、水菜が俯く。
その自分達の将の変貌ぶりに、周りの帝国兵に動揺が広がっている。
「だったら、俺が捕虜になる・・・そうすれば、お前が俺と戦う理由はないだろ?」
スカイハイから手を放し、もう1度―今度は皮肉ではなく―微笑を浮かべる。
それにつられて、水菜の口元も緩んだ―半年前と同じ、穏やかな感じで。
「水菜様、捕虜にしても、いずれは戦場に戻ってきます。今の内にトドメをっ!!」
側の兵からかけられた言葉に、水菜は小さく―しかし、ハッキリと首を振って、
「無駄に殺戮をするのが、必ずしも至善の策だとは思いません。
甘いと思うかもしれませんが・・・私の我侭です。許してください・・・・」
立ち上がり、狭霧をしまいながら、そう言う。
横になりながらザッ、と見回して残っている帝国兵は32人。
これが襲ってきたとしたら、今の水菜に捌けるだろうか。
だが、そんな心配も無用の様だった。
2、3歩、歩き出した、水菜の背がグラリ、と揺れる。
「あ、やっぱり・・・ちょっと・・・無茶・・し過ぎた・・みたい・・です・・・」
「な、なにっ!!」
ドサリ、と崩れ落ちた水菜に、慌てて飛び起き、駆け寄る。
周りの帝国兵からも、やれ医療班を呼べだの、伝令を出せだの、混乱が見て取れた。
そんな周りの喧騒を他所に、当の本人は俺の腕の中で、穏やかな寝息をたてていた・・・

(2002.10.11)


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