回想その3『就任日』
ヴェルナ・H・エイザー
「はぁ・・・蒼禅様遅いですの」
「確かに・・・」
クレアに来てから2年、ヴェルナはお付きの綾火と共に叔父の氷雨蒼禅の元に居候していた。
結局あの後、煙球やらを使って逃げ回り、無事に(?)クレアまで辿り着いたようである。
「遅すぎますの・・・」
「・・・ですね」
何度目ともわからない会話が繰り返される・・・と、その時外で馬が到着するのがわかった。
「あ、帰ってきましたの」
その音に気付き、外に出て行く2人だが、外にいたのは見慣れない人物だった。
「えっと、どちらさんですの?」
「蒼禅殿の屋敷はここか?滄憐っつ嬢ちゃんはおるか?」
馬に乗ったまま男は問い掛けてくる。
「え・・・私ですけど・・・何か?」
「ん、養子とは聞いていたが・・・。月風様がお呼びや。急いで準備をしな」
「何かあったんですの?」
「さぁな。とりあえず早くしてくれ。大至急らしいからな」
その言葉を聞き、大急ぎで準備をし外に出て行った。
「そう・・・ですか・・・」
聖都クレアまで行き、ヴェルナは信じたくない事を聞かされた。
叔父が帝国からと思われる工作員と刺し違えて死んでしまったらしい。
「帝国との開戦も間近でしょうし、人材が不足しているのは否めません。
そこで急ですがあなたにも今日から後を継いで部隊を率いてもらいます」
「え・・・?」
「急だとは思いますがこの時期にまた新たに人材を探す事も難しいです。
あなたの事は蒼禅から少し聞いてます。慣れるまでの間、補佐を付けるのでこれからしばらく頑張ってください」
「あ、あの・・・」
いきなりわけもわからずに進む話に戸惑い、小さな声で話を止めようとするヴェルナ。
しかし、声が小さすぎたか話が止まる気配もない。(最も聞こえていて止まるかは別問題だが)
「涼、入ってきて」
呼びかけられ、後からすっと1人の女性が入ってきた。
背は同じくらいで・・・年は・・・少し向こうが上だろうか。
「暫くの間あなたの補佐をする葉隠涼と言います。宜しくお願いしますね、滄憐さん」
そういい、入ってきた女性―葉隠涼はニコリと微笑んだ。
「最初のうちは前線ではなく聖都付近での仕事に当たってもらいます。
蒼禅が率いていた第7部隊には招集をかけてますから直接今から会って来てもらいます。では、他に何かありますか?」
「あ、あの・・・」
「ん? 何か質問でも?」
話が終わりそうになり、ようやく口を挟むタイミングを掴む事が出来、断ろうとする・・・が、結局言い切れずに
「いえ・・・何でもありません」
とポツリと言い、部屋から出て行ってしまった。
「月風様、本当によろしいので?」
低い声で、その場にいた長老らしき老人が問い掛ける。
「ん? なにがですか?」
「あのような小娘に・・・しかも帝国からきてさほど経ってもいないような者に任せるなど・・・私は反対です」
「裏切る事はないと思いますし、それにそうならないよう監視として涼を付けたから大丈夫です」
そう言っていると、扉を叩いて再びヴェルナが戻ってきた。
「ん? まだ何かありますか?」
「少し言いにくい事なんですけど・・・暫くの間、帝国にいたときの名を使って・・・いいでしょうか?」
それを聞き、その場にいた2人はほぼ同時に首を傾げた。
「それはまたどうして? 理由によっては認めますけど」
それを聞きクレアに来た理由、そして帝国にいた時の名を使いたい理由を話すと、
「そういうのなら認めます。それと早く行った方がいいですよ。彼らは待たされるのが嫌いですから」
と言われ、一礼すると走って出て行った。
「殺すように命じた人物を探したい・・・ね。目の前に来た時に突っ走らなきゃいいけど」
ここは第7部隊が集まっている広場・・・先ほどからワイワイガヤガヤとそこかしこで声がしている。
当然ながら騒いでいる原因はただ1つ。
「えっと・・・叔父様に代わり、今日からこの部隊を率いる事になった、ヴェルナ・エイザーと申します。皆さん、これからよろしくお願いします」
見慣れない人物が新たな指揮官として来たからである。
(なぁ、今、叔父様って言ってたけど、明らかにクレア人じゃないよな)という反応もあれば、
(あんな小娘で大丈夫なのか?)という反応もあり、
(蒼禅さんと全然タイプが違いそうだな・・・というか、似ても似つかん)という反応もある。
「おっさんの姪やかしらんけど、俺は外国から来た若い嬢ちゃんのいうこと聞く気はないで」
と、1人の若い男が軽い口調で話し出した。
「ちなみに俺っちの名は神凪疾風。蒼禅のおっさんが不在の時に代わりに部隊任されとったもんや。ま、覚えといて」
「普段はともかく、聞く気がないではいざというときに困りますの」
相変わらず軽く話すハヤテに対し、少し困った表情で言い返すヴェルナ。
と、後から1人の女性が歩いて来、口を挟んだ。
「・・・・・・ハヤテ・・・用は暇なんでしょう?」
「ん、まぁな。せや嬢ちゃん。なんか勝負すっか? 俺に勝てるようなら・・・まぁ言う事くらいは聞いたるわ」
「はぁ・・・どういう勝負ですの?」
「せやなぁ・・・手っ取り早いし、短距離走とかどや?」
そう言った瞬間周りから強烈な野次が飛んできた。
「お前なぁ、確実に勝てるのやって楽しいか?」「お前なんだかんだで元々忍やったろうが。嬢ちゃん相手に自分の土俵に上げるなよ」
と。まぁ、殆どがセコイというわけで。
「あ〜、うっさいなぁ。んじゃ手合いとかはどや? 両方とも木刀持っ・・・」
聞き終わるより前に、ヴェルナがすっと後ろを向き話しながら走っていった。
「わかりましたの。じゃあ、道具持ってきますから待ってて下さいね」
そう言い残し、走っていく後姿を眺めつつハヤテは首を傾げた。
(・・・あの嬢ちゃんあんまし強そうやないし・・・なんか勘違いしてる気がするなぁ・・・。)
ヴェルナが走って戻ってきた。それと同時に、ハヤテは自分の予想が当たった事に頭を抱えた。
「なぁ嬢ちゃん。・・・それなんや?」
「え? 将棋板と駒ですけど・・・?」
「なぁ・・・んで俺はなんて言った?」
「え? 手合いでしょう?」
「いや、その後」
「えっ? まだ何かあったんですか?」
その返答を聞き、ハヤテははぁ・・・と溜息をついた。
「ま、ええわ。俺かて少しは打てるし、やるか。将棋で他の国のもんに負けるんもあれやし」
「ふふ、じゃあ私が先手で始めますね」
「・・・ほう、穴熊かいな。基本は知ってるんやな? でも守っとっても勝てんで?」
・
・(20分後)
「龍に成りますの」
「むっ・・・ミスったか・・・」
・
・(更に20分後)
「げっ!?」
「馬に逃げ場はもうないですよ?」
「わかっとるわい、くそっ・・・」
・
・(またまた20分後)
「王手ですの」
(くそ・・・こっちに逃げてもこう来たら・・・ならばこう動けば・・・)
「というより、詰みだと思いますけど」
「ちょい待て、考えさせろ・・・」
・
・(・・・・・・1時間後)
「もう諦めたらどうですの?」
「うっさい! 男たるもの、簡単に諦めたら・・・」
「・・・・・・というより・・・往生際悪いだけ」
後にいた人物にそう言われ、ウッと言葉に詰まるハヤテ。そして、
「今度はこう簡単にいかんからなぁ!」
とよくある台詞を言い残してすごいスピードで走り去っていった。
「・・・弟が・・・迷惑を。普段はおちゃらけですので・・・」
「はぁ・・・ところで」
「・・・・・・私は神凪旋風。・・・ツムジでいいです」
と、名前を聞く前にあっさりと先に名乗られてしまった。
「さて、とりあえず勝ったみたいですし、今日は・・・」
そういい、ある大きな事を思い出した。
「あぁっ!? そういえば皆さんは・・・」
そう、手合い中の2時間の間、完全に場にいた人たちを忘れ去っていたのだ。
この事に関しては後に順番に謝りに行って事なきを得たとか・・・
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