パーティ(2)

ユーディス・ロンド

 パーティ会場となった大ホールでは立食形式のパーティが行われていたが、そのホール
を見下ろせる2階には貴賓室があった。
 パーティ会場で行うには相応しくない、重要な会談などが行われるこの部屋に、チェス
盤を挟んで二人の女性が向かい合っていた。
 一人は野性味溢れる容貌に似つかわしい鎧姿。
 ここがパーティ会場ではなく戦場だとしたら何の違和感もないだろう。
 もう一人はさらに異質だ。
 その全身をふわりと包むのは恐らく絹のローブであろう。花菖蒲の紋章があしらわれた
ローブとケープの組み合わせはその人物の身体のラインを完璧に、そして巧みに隠してい
た。
 そのほっそりとした硝子細工のような手首から先だけが唯一露出した生身であり、その
人物が「人」であることを知らしめる……。
 そして何より半顔を覆い隠す禍々しい雰囲気を漂わせる仮面。
 口元もスカーフで隠され、これだけは隠しようもない艶やかな長い銀髪としなやかな手
が、その人物が女性である事を想像させるのみだ。

「…あんたも物好きだねぇ。わざわざパーティのお供にアタシみたいなのを指名してさ」

 カツン、とポーンを進める。
 軽口を叩いてはいるが、熟考を進めた上での一手である。

「同じ時間を過ごすのであれば、帝国軍の鍵を握る方のお顔を拝見した方が有意義でしょ
う?」

 相手の手に合わせて、ナイトを敵陣に切り込ませる。
 どうやら、様子見は終わりという相手の意図を受けて立つつもりらしい。

「いや、アタシも大概場違いだったからね。まあ正直、どっちが気が重いかと聞かれれば
答えにくいところだけど」

 苦笑しつつそう答えるのは、バーネット=L・クルサードその人である。
 帝国でも屈指の用兵家であり剣士でありながら、その素行と平時の振る舞いが著しく評
価を下げている変わり者だ。
 その反面、チェスという知的ゲームを趣味にしているあたり、ただの乱暴者とは一線を
画すところかもしれない。
 その彼女が普段は近づきもしない貴族主催のパーティに顔を出しているのは、ひとえに
目の前の人物のせいである。

「ふふ…始末書が消えるのであれば、悪いお話ではないでしょう?」

 そう微笑んだのかどうかすら、仮面とケープで隠された顔からは気配で察するしかない。

 ソフィア・マドリガーレ。
 プラチナの悪魔。

 帝国の内外を問わず、畏怖と共に呼ばれるソレが彼女の名だった。
 彼女がこのパーティに出席したのはいわば文官代表としてではあるが、初めに主催者の
インカラ候に祝辞を述べた後、早々に貴賓室へ引きこもってしまった。
 そもそも、このような不特定多数の人間が集まる公式の場に彼女が姿を現す事自体が稀
有な事なのだが、その彼女が早々にいなくなった事に誰が一番安堵しただろうか?

(少なくともアタシじゃない事は確かだね…)

 元を正せばソフィアの護衛の話が回ってきた時点で断っておけば良かったのだ。
 少々始末書が重なってしまって、上司に当たる将軍からネチネチと突き上げられたので
ここでチャラにするつもりで受けたのだが、予想に反して個室で二人きりになるとは!

(適当にパーティ会場でお茶を濁すつもりだったんだけどねぇ)

 大体、彼女にはこの上なく強力な護衛役がいるはずである。
 ここに来るまでも、巧妙に気配を隠した影達を何度か察知したものだ。
 どう考えても最初から自分にチェスの相手をさせようとして指名したに違いなかった。
 それも断れない状況である事を知った上で。
 無論、単にチェスの相手をさせたり、本人が言うように「顔を見たい」だけで呼び出す
ような単純な人物でない事は伺い知れていたが、所詮ソフィアのような人間の考える事は 理解しがたいものがある。
 それでも、バーネットはこの場を離れる事はなかった。

「まあ、しかし確かにこのチェスは面白い…久々に本気で勝ちたい気分だよ」
「それは光栄です…」

 二人の読み合いは膠着を招き、今、バーネットが仕掛けた事で一気に動き出した。
 一手ごとに状況が変わり、それを頭の中で何手も先までシュミレートしていく。
 どちらが、どこまで相手の読みを上回れるか…静かではあるが激しい戦いが続く中。

 コンコン。

 刹那、静寂を割くようにノックの音が室内に響く。
 バーネットがドアを見やり、ふぅっと息を吐き出す。
 一方のソフィアと言えば、特に関心を持った様子もなく、白のルークを鮮やかに移動さ
せていた。

「……」
「失礼します」

 それにしても、この二人の間では、如何なる意志の疎通があるのであろうか。扉の外の
人物は室内の主の無言の許しを察すると、一拍置いて静かに扉を開けた。
 入ってきたのはソフィアの腹心の部下の一人、シュバルツリリエである。
 柔らかく身体にフィットする太腿半ばまでの黒のタイトスカートに、黒のロングブーツ、
黒のタートルネックのセーターと、文字どおり黒ずくめと言って良い格好が、着こなしの
良さとそのスタイルを際立たせている。黒一色という格好にも関わらず、全く暗い雰囲気
がせず、むしろ落ち着いた様子を醸し出すのは、その快活そうなで柔らかな容姿の成せる
業であろう。
 耳を出した栗色のサラサラとしたショートヘアが微かに揺れ、黒く深い知的な瞳が興味
深そうにバーネットと盤面を見たが、それは一瞬のことでしかなかった。

「申し訳ございません。実は下で少々トラブルが」
「トラブル?」

 問い質したのはバーネットだ。
 彼女の仕事はソフィアの護衛であってパーティの運営には関係ないが、もしそのトラブ
ルが危険を伴うものなら迅速に動かねばならない。
 だが、シュバルツリリエ…通称リリエの様子からは切迫感は全く伝わってこなかった。
 また、報告を受けたソフィアもまた、何ら関心を抱いた様子もない。

「はい。階下でリーフ家のご長男とロンド家のご長男が乱闘となりまして…リーフ家の護
衛を巻き込んで大騒ぎになってます」

 むしろそれはバーネットへの報告であったのだろう。
 彼女の視線は帝国屈指の剣士に柔らかく向けられていた。

「ははっ、そいつはいい! 貴族の坊ちゃん同士のケンカかい?」
「……一方的ですけど」

 それを聞いてわずかにバーネットが顔をしかめる。
 リーフ家がよってたかって、聞いた事もないような弱小貴族(ロンド家)をリンチして
いると思ったのだ。

「あぁ、それは違います。実際にご覧になれば分かりますが、一方的なのはロンド家のご
長男の方です。正直、あのような方が辺境に埋もれていたとは思いませんでした」

 バーネットの表情を的確に読み取ったリリエは控えめに情報を追加する。

「へぇ…それはもっと面白い」

 聞くや否や、バーネットは身を翻して貴賓室の窓際に身を寄せる。
 ここの窓は特殊な作りになっていて、ホールからは壁にしか見えないが貴賓室からはホー
ルの様子が一目瞭然だった。

「ほー、あれか…確かに貴族の坊ちゃんにしては良い動きをしてる」
「ええ。既にほとんどの護衛が打ち倒されてます」

 ロンド家の長男の動きは、単純かつ素直なもので、例えばバーネットのような熟達の戦
士からみれば読みやすいものだ。
 だが単純にスピードとパワーがずば抜けている。遠めから見ているから動きが手に取る
ように分かるが、果たして間近に相対した時にはどうだろう?

「…まあ、もうちょい周りに目がいけば満点だね。ボンクラ貴族ばかりだと思っていたけ
ど、とんだ掘り出し物じゃないかい?」
「………」

 もっとも、ソフィアの方は特に騒ぎそのものに興味を持った様子は全くなく、チェス盤
の前に端座したまま動かない。
 だが、かすかにその仮面が自分に向けられた事を察したリリエは主の問いを完全に理解
していた。

「ロンド家の当主、ユーディス・ロンド様です。まだ21歳とお若いですが、最近ご両親
に不幸があって当主に就任されたようです」
「へぇ。それで、何でこんな騒ぎに?」
「それが…」

 思わずといった感じで、珍しくその表情に苦笑を浮かべ、軽く腕を組むシュバルツリリエ。
 もっともその苦笑は充分ユーディスに好意的なものではあったのだが……。
 それを聞いたバーネットは大声で笑い出した。

「妹に手を出されてキレたぁ!? くくくっ…こりゃ傑作だ!」
「彼は以前から妹方を大事にされていて、過保護とも思えるくらい愛情を注がれていたそ
うです。素敵な兄妹愛ともいえますけど……」
「ああ、当主になろうってもんがそう簡単にキれてたらねぇ…」

 先ほどバーネットの中で上がったユーディス株がまたやや下落した。
 『見所はあるが所詮あまちゃん貴族』といったところだろうか。
 まだ見所があると判断されてるだけ、彼女の貴族評としては上位だろうが。
 しかし、何故リリエはたかが若い貴族たちの喧嘩騒ぎをわざわざソフィアの耳に入れよ
うと思ったのか……。

「………」

 と、今まで氷のように無関心を装っていたソフィアが、ふと立ち上がって扉に向かった。
 やや意表を突かれて慌てて後を追うバーネット。

「ソフィア様?」

 殆ど確信を持った様子ながら、リリエは主に問う。

「…彼に会いに行きます。先に手を出したのはリーフ家でしたね」
「はい」

 二言と聞き返さず、ソフィアを先導するようにリリエが歩き始める。
 どうした事か、とソフィアとリリエの顔を見るバーネット。
 正直、先ほどのリリエのユーディス・ロンドの説明に、『プラチナの悪魔』の興味を引
くところはなかったと思うのだが…。
 だがこの時点でバーネットは気付かなかった。
 ユーディスの行動に心を揺らされたのは『プラチナの悪魔』ではなく、『ソフィア・マ
ドリガーレ』その人だという事に。


「だっ!」
「ぐほっ!?」

 ユーディスの拳をみぞおちに受け、体をくの字に折り曲げる大男。
 次の瞬間、強烈極まりないハイキックに堪らず地面を転げ飛んでいく。
 既にヌワンギの護衛達は立っている者の方が圧倒的に少なくなっていた。

「な、なんてデタラメな奴だ…化け物か!?」

 護衛の一人がうめくように毒づく。
 技も何もない単純な突き、蹴りだけのユーディスの攻撃に、プロである自分達が手も足
も出ないとは!
 何せ、相手の攻撃を見てからガードしようとしても間に合わないのだ。
 顔に来る拳を防ごうと腕を掲げても、何時の間にか地面に倒れていてようやく自分のガー
ドが間に合わなかった事に気付く有様だった。
 しかし運良くガードが間に合ってもあまり事態は変わらない。
 今度はガードごと吹き飛ばそうかという強烈なパワーに耐えなければならないからだ。
 腕を使って蹴りをガードしたは良いが、そのまま腕を折られて戦線を離脱した仲間もい
るくらいだ。
 動き自体は素人臭さが抜けておらず、甘い防御を掻い潜って何度かダメージを負わせた
が、一撃必倒の反撃とはあまりにレートが悪すぎる。

(こうなったら、取り押さえるなどと甘い事言ってられるか…!)

 自棄になった一人が、懐に忍ばせていたナイフを抜き払う。
 照明を鈍く反射する白刃に会場から一段と悲鳴が上がった。
 さすがにユーディスの体にも緊張が走り、場にピンと張り詰めた空気が流れる。

「えーい、止めるにゃもこの馬鹿どもっ! 朕の顔に泥を塗るにゃもか!?」

 だが、最悪の事態が展開される前にようやくインカラが姿を見せた。
 相変わらず緊迫感のない声だが、それでもこの場を制止しうる人物の登場に会場のあち
こちから安堵の溜息が漏れた。
 かつて、彼がこれほどまでに望まれた登場があっただろうか?

「お、親父ィ! 助かったぜ!」
「何をしてたにゃも、この馬鹿チンが! あんな田舎者にやられるなんて恥にゃも! 永
久脱毛の刑にゃも!」
「そ、それだけは許してくれ親父〜〜〜!」

 …場の安堵と不安のパーセンテージが逆転したのが、この場の全員にハッキリと感じら
れた。
 一方、ユーディスの元にも素早くヴィネとミーシャが駆け寄っていた。

「にい様、お怪我を…すぐに手当てします」
「あ、別に大丈夫だぞ。血が出てる訳でもないし」
「いえ、手から血を流されていますから」
「…ホントだ。全然気がつかなかった…」

 どうやら殴りつけているうちに拳を痛めていたようだが、戦闘の興奮で痛みにすら気付
かなかったようだ。
 ミーシャは、近くのテーブルから拝借した清潔なおしぼりで綺麗にユーディスの手の血
を拭い取り、携帯している包帯を丁寧に巻きつけていく。

「にい様、ありがとうございます。でも、私達ならあの程度は我慢しましたのに…」
「バカ。ヴィネ達を殴られてまで我慢する事なんか、俺にはないぞ」

 笑いながらのユーディスの言葉に、しかしヴィネは同調しなかった。

「それは私達だって同じです。私達が無事でもにい様が傷つかれては何の意味もありません」
「はい、姉様の言うとおりです」
「…そうだったな。これからは気をつけるよ」

 二人の真剣な眼差しに、不謹慎にも胸が温かくなるユーディスだった。

「さ、それじゃ帰ろうか」
「はい、にい様」
「兄様、家に帰ってからきちんと手当て致しますね」
「待つにゃも〜〜〜!!!」

 そのまま綺麗にまとめて帰ろうとする3兄妹に、堪らずインカラが絶叫する。

「…何でしょうか。そろそろ妹達を休ませてあげたいんですけど」
「おみゃ〜ら、朕のパーティを台無しにしといて無事に済むと思ってるにゃもか!?」
「お言葉ですが、非はインカラ殿のご子息におありかと」
「何だと!? てめぇが俺に無礼を働いたんじゃねーか!」
「姉様は礼儀正しい方です。無礼など致しません」
「そうだよなぁ…俺もヴィネにいつも注意されてるし」
「私はにい様が少しでも当主らしく振舞えるようにお手伝いを…」
「いや、分かってるって。いつも助かるよ、ヴィネ」
「いえ、妹として当然の事ですよ」
「…お願いです。もう無視しないで…」

 もはや怒りより先に涙が出てしまうヌワンギだった。

「そんな事は良いにゃも! 理由が何であれ、朕に楯突いた者はタダじゃおかないにゃも!」
「法廷でどのように訴えるおつもりですか?」
「ふん、議会も法廷も朕の言いなりにゃも! お前らごとき、審議なしで牢獄にゃも!」
「……それは聞き捨てならないお言葉ですね」

 その静かな、そしてダイヤモンドのように冷たく硬い声は不思議とホールの喧騒を突き
破り人々の耳に届いた。
 コツコツという足音さえ聞こえる静けさの中、声の主がゆっくりと騒ぎの中心へと姿を
現すと、周囲の人垣から畏怖に満ちたざわめきが沸き起こる。

「プ、プラチナの悪魔だ…」
「何故こんなパーティの場に?」

 そんな周囲の喧騒など気に留めた様子もなく、リリエと(成り行き上ついてきた)バー
ネットを従えたソフィアは、思わぬ事態に顔を青ざめさせてにゃもにゃもしているインカ
ラの前で歩みを止めた。

「インカラ様、おひさしゅうございます。ですが、少々お元気過ぎるようですね」
「プ…ソ、ソフィア殿…い、いや、これは…」

 何とか言い訳しようとするインカラだが、ソフィアはすぐにその仮面越しの視線をロン
ド家の面々に向け直す。

「初めまして。私はマドリガーレ家のソフィアと申します。以後よろしくお願い致します」
「ロンド家当主、ユーディス・ロンドです。こちらこそよろしくお願いします」

 型通りの挨拶を交わす兄の横で、ヴィネとミーシャは黙って頭を垂れる。
 そんな二人の様子に微妙に口元を緩めるソフィア。
 もっとも、相変わらず口元も隠されたままなので、気付いたのはリリエくらいのものだっ
ただろうが。

「ふふ…さて、ユーディス殿。大方の事情は理解しているつもりです。それでもこの有様
はやり過ぎてはいませんか?」
「別にそうは思いませんが…」
「本気でそうおっしゃるの?」

 やはり冷たく硬質の声ではあったが、やや柔らかく聞こえたのはヴィネとミーシャの気
のせいであっただろうか。

「俺は妹達を何よりも大切にしています。大切なものを守る為に力を振るわずに、いつ振
るうっていうんです? 大体、次から次へと護衛をけしかけて来たのは向こうだぞっ。こっ
ちだって好きで拳痛めるまで殴りたかった訳じゃ…!」
「コホン」
「う゛…」

 真剣な顔でソフィアに答えていたユーディスだったが、段々興奮していく内に地が出始
めたようだ。ヴィネがさり気なく注意を引き、何とか踏み止まる。

「…とにかく、私達に非はないと思っています」
「そうですか。……インカラ殿、ユーディス殿はこのように申されておりますが?」
「し、知らんにゃも! そんなの言いがかりにゃも! 第一証拠が…」

 その発言を遮るように、今までユーディスの脇に控えていたヴィネが一歩前に進み出る。

「証拠は御座いませんが、証人ならおりますわ」
「にゃも!? お、おみゃあらは証人とは言わないにゃも!」
「私達ではありません。もちろんリーフ家とも関わりがない、中立な第三者の方が」
「……どなたですか?」

 ソフィアの問いに、ヴィネはすっと人垣の一部、それより後方を指し示す。
 そこには、壁にもたれかかったままこちらを見やる隻腕の男がいた。
 傍らには報告を済ませたネルが控えている。

「………」
「ルーデル将軍は騒ぎが起こる寸前からこちらに気付いておりました。きっと事実に忠実
な証言をして下さる事でしょう」

 苦笑を浮かべるルーデルに構わず、ヴィネがそう断定して話を進める。
 リーフ家の威光が通用しない、この会場で唯一の人物をヴィネは指名したのだ。
 実際のところ、騒ぎの原因であるヌワンギが手をあげたところを、ルーデルが本当に見
ていたかはヴィネには確認のしようがなかった。
 だが、インカラの権力にも屈しないルーデルをこの場に引き出す事で十分な牽制になる
とヴィネは目論んでいた。

「ぐ…ぐぬぬぬ…」

 インカラにしてみれば、別段ここで自分達に非がある事が発覚したとしても厳しく罰せ
られる訳ではない。
 しかし、この大勢の前でメンツを潰されるという事には大貴族として到底耐えられるも
のではなかった。もっとも、そのあがきようがますますメンツを潰しているのだが。
 ここにソフィアがしゃしゃり出てこなければ、問答無用でルーディスを地下牢に放り込
み、あとは知らぬ存ぜぬを決め込む事も出来たのだ。
 また、ルーデルさえいなければ、自分に取り入ろうと集まっている貴族に偽の証言をさ
せ、ソフィアが介入する余地を消す事だって出来ただろうに!

(…それにしても、何で「プラチナの悪魔」がこんな「些細な事」に出てくるにゃも…?)

「インカラ殿…」
「な、何にゃも!?」

 必死に体面を取り繕うとあぶら汗を流すインカラ。
 だが、自分を見るソフィアの眼差しが、何の感情も読み取れない程冷め切っている事に
不幸にも気付いていなかった。

「貴方のリーフ家が帝国で大きな責務を果たしている事は事実。しかし…あくまで帝国の
一員という事をお忘れなきよう。帝国を支えているのは、貴方だけではないのですから…」

 お前を切り捨てても変わりはいるぞ…と暗にほのめかした警告に、さすがにインカラの
虚栄心も尽きた。
 いかな大貴族たるリーフ家といえど、ソフィアに睨まれてはこの先の人生が心安らかに
なろうはずもないのだから…。

「この場はこっちの非を認めてるにゃも! 後で謝罪してやるから覚えておくにゃも〜!」
「ああ、お、親父ぃ!? 待ってくれぇ!」

 良く分からない捨てゼリフを残しながら、ドスドスと去っていくインカラとヌワンギ。
 それを見た諸侯達も、バツが悪げにその場を立ち去っていく。
 やがて、広いホールには片付けに奔走する使用人達以外には数人となってしまった。
 ルーデルは去り際、ユーディス達を一瞥すると、特に何か言い残すでもなく、ソフィア
に一礼して帰っていってしまった。
 何かしら一言言われるものと思っていたユーディスは拍子抜けした気分だったが、帰り
際にネルとルーデルの間で交わされた会話は知る由もなかった。

「…将軍、私が報告してからずっと黙って見てるなんてお人が悪いですよ」
「自分で仕掛けた事の始末くらい、自分で出来るようでなくてはな…50点だ」
「あら、それでも半分いってるんですね。将軍にしては珍しい」
「…まあ期待値込み、といったところだ。ところでネル」
「はい、将軍」
「…報告にはもっと早く来るようにしろ」
「………はい」

 結局、ネルがルーデルの元に辿り着いたのはソフィアがホールに登場する頃だったとか。

(2002.09.06)


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