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4976年10月24日 21:50
リマリック帝国領シーディング村、宿屋《あけぼの亭》1階、食堂

 シルヴァイル・ブロスティンらがシーディング村に到着したのは10月24日の夕方のことだった。しかし、その道中は決して楽なものではなかった。23日の深夜には狼の群れとの遭遇戦を余儀無くされ、翌24日は朝から季節外れの大雨が続いていた。シーディング村に必死の思いで辿り着いた彼らは、水浸しになって疲労の極致にあった体を酷使して村長との相談を済ませると、僅かに残された体力を振り絞って、村唯一の宿屋《あけぼの亭》へと辿り着いたのである。
 そして、宿屋に到着するや否や、シルヴァイル、ルッカ、ナイアスの3人はベッドの上に倒れてしまい、ブレシスとリスティルの2人だけが、1階の食堂で宿屋の用意した食事を腹に収めていた。レイゴーステムの《タイクーン・グラハム》で普段食べている料理と比べたら質素で味の薄い料理であったが、温かい料理が何よりも欲しかったリスティル達には、これで十分であった。
「……ふう、美味しかった」
「ああ。今日は腹減ってたからな」リスティルの言葉にブレシスは同意して頷いた。
「シルヴァイル達も下に来て食べれば良かったのに……」
「いや、それよりも眠たかったんだろうぜ。とにかく、今日は凄く疲れたからな。家にいる時だったら、この後に浴室へ行くところなんだが……」
「それ、冒険者にとっては贅沢よ」リスティルは微笑んだ。
「浴室が?」
「そう。水浴びなんて、普通は川岸か土砂降りの雨の中で済ませてしまうものなのよ。それこそ、今日みたいにね。露天風呂に入るってこともあるけど、それはやっぱり珍しいほうね。浴室やサウナなんて、年に1回か2回使うくらいよ。……まあ、ブレシスは冒険者の経験は浅いから、右も左も分からないかもしれないけど」
「それは言えてるぜ」ブレシスは笑顔で頷いた。「まあ、当分は冒険者のままの生活が続くことになりそうだしな。家にも戻らねえことだし」
 「家」という単語に反応したリスティルは、ブレシスの顔を真正面に見据えて訊ねた。「そう言えば、お父さんはどうなったの? 道中では一言も話に出なかったけど」
「……ああ、親父のことか」ブレシスは口を噤み、しばらく間を置いて呼吸を整えてから答えた。「勘当されちまったさ」
「…………本当なの?」
「そうだぜ」ブレシスはゆっくりと頷いた。「……誉められた話じゃなかったから大声で言えなかったが、あの後しばらく経ってから、盗賊ギルドのスカウトが親父のところまで直接来たらしいんだ。『貴方の息子は見所がある。是非とも我々のところで専門に鍛え上げたい』ってな」
「それは凄いことをしてるわね」
「当然、親父はかんかんに怒ったさ。客からの信用が第一って職場に、俺の知り合いや先輩のごろつき達が現れたんだからな。で、その夜は大喧嘩さ。リスティル達が俺達と会った時とは比べ物にならなかったぜ。で、その喧嘩の挙句──」
「勘当されて家出したってわけ?」
 ブレシス・ローディは頷いた。「家を出てからは、スラム街にある盗賊の先輩の家に泊めてもらってたんだが、いい加減に出ねえと何言われるか分からなかったから、今じゃツケで《タイクーン・グラハム》に泊めてもらってるってわけさ。今回の冒険で報酬をもらったら、真っ先に溜まったツケを払わなきゃならねえ」
「いくら溜まっているの?」
「確か……2800リラだったぜ。利子がついてるからもう少し多いかもしれねえ」
 ブレシスが抱えている借金の額は一般市民の月収1.5ヶ月分に相当する。リスティルはツケの額の多さに呆れていた。「……それ、16歳の子供が背負う借金にしては多過ぎないかしら?」
「家出する時にお袋から金を借りて、武器や防具を揃えたんだ。その借金の半分近くはお袋への借金なんだぜ」
「分かった。でも、それを割り引いて考えたとしてもちょっと多いじゃない。どうするの?」
「だから冒険者になったんだぜ。街中で盗賊稼業に精を出すよりも危険は大きいけど、他人様に迷惑を掛けることも少なく、それでいて一攫千金が狙えるような仕事に就いてもいいじゃねえかって思ってるんだぜ。……いつかは親父と仲直りしなきゃならねえとは思ってるが、そんなものここ1年か2年のうちには絶対無理だしな。レイゴーステムの街で盗賊稼業に精を出すのもありだと思ったんだが、俺はそこまで落ちぶれちゃいねえし、他人様に迷惑を掛けてまで生きていこうなんてこれっぽっちも思っちゃいねえさ」
「他人様に迷惑……って、既にたくさん掛けているじゃないの」
「お姉ちゃん、それは言わない約束だぜ」ブレシスは苦笑いした。
「でも、そこは突っ込みたくなっちゃうのよ」リスティルもブレシスにつられて笑みを浮かべた。「……まあ、あなたの話をこれ以上論じても始まらないし、明日のことを考えましょ。人間相手の戦いは今回が初めてだし」
「そうだったぜ」ブレシスも真顔に戻った。
「村長さんの話だと、相手の数は11人らしいわね。つい最近になって現れたばかりで、既にシーディング村をはじめとして、4つの村で被害が出ている……。で、アジトの場所は教えてもらっているから、明日は私達がアジトに直接出向いて連中を叩きのめすわけよ。相手は間違い無く犯罪者だから、私達も手加減すること無く連中を叩き潰すことができるし、相手が死んでもお咎めを受けることが全く無いから、そこは楽な戦いになるわね」
「……おい、大丈夫なのか?」ブレシスが心配げに訊ねた。
「ん? 何が?」
「……今、何事も無かったかのように『相手が死んでも大丈夫』ってなことを言わなかったか?」
「そんなことを気にしていたら戦闘はできないわよ」リスティルは肩をすくめた。「ブレシスとルッカは実戦を見たことが無いから、相手を殺すことに躊躇いを覚えても当然だと思う。でも、この世界で生きていく以上は、必要ならば自分の拳を力一杯相手の頭上に振り下ろさなければならない時も存在するのよ。当然、時には相手が死んでしまうけど、それは覚悟の上で戦わなきゃならないわよ……だって、相手も私達を殺そうとしているんだから」
 実戦経験を持たないブレシスには、リスティルの言葉を完全に理解することはできなかった。理屈の上では、ブレシスもリスティルの言うことを完全に理解していたものの、それは自分自身の手と足と目で掴んだ経験ではなく、シルヴァイルがブレシスに語って教えてくれる雑多な知識の1つでしかなかった。
 このようなブレシスの胸中を察したのか、リスティルはこのように付け加えた。「……戦ってみたらブレシスにも分かるって」
 リスティルの言葉にブレシスが頷いた時、鈴の音と共に宿屋の玄関が開き、プレートメイルアーマーに身を包んだ40代の男性が宿の中へ入って来た。プレートメイルアーマーの胸の部分には、レイゴーステムを支配するファヴィス家の紋章である金色の豹の姿が描かれていた。また、背中にはリマリック帝国軍所属の軍人であることを示す橙色のマントが取り付けられていた。
 時間外れの来客の存在に気付いた宿屋の主人は、相手が騎士風の男性であることを無視して、不機嫌そうな声で話しかけた。「今日はもうおしまいだよ」
「いや、泊まりに来たのではない」騎士ふうの男性は首を横に振った。「ここに来客があったのかどうかを聞きたい。12歳か13歳くらいの少女で、短髪だった。おそらく、緑色の長袖シャツとベージュの半ズボンを着ていて、その上にソフトレザーアーマーを装備しているはずだが……」
 宿屋の主人は腕を組みしばし考えた後、ゆっくりと首を横に振った。「いや。会ったことは無いな」
「そうか……」騎士は落胆の表情を浮かべた。
「……ただ、ちょっと気になることがあったな」
「何だ? どういう話でも良いから教えてくれ」
「実は、今日の朝、宿屋の馬小屋を掃除していたら、置手紙と一緒に20リラが見つかったんだ。で、その置手紙には、『昨日は勝手に泊まらせて頂きました。代金は払いますから捜さないで下さい』ってなことが書かれてたぞ。それ以外には、特に妙な話は聞かなかったなあ」
「…………なるほど、分かった。では、これで失礼する」
 騎士はそれだけ言い残すと、自分の名前を語ることもリスティル達2人に同じ質問を向けることも無く、そのまま宿を去って行った。無言を守っていたリスティルとブレシスの2人は、宿屋の扉が完全に閉まってから互いの顔を見つめあった。リスティルは困惑の表情を浮かべ、ブレシスは肩をすくめている。
「こんな田舎で少女が家出? それに、どうしてリマリック帝国の軍人がこんなところに?」
「さあな。当人に会ったらその時に聞くしかないんじゃねえか?」

4976年10月25日 09:48
リマリック帝国領シーディング村の東2km

「あれ……貴方は?」
 翌日、シルヴァイル・ブロスティンら5人はシーディング村を午前9時に出発し、鬱蒼と茂る広葉樹林の中の小道を東へと進んでいた。だが、その道中で、彼らは意外な人物と遭遇することになった。
「おや、昨日の宿泊客か」一行の眼前に立っていたのは24日夜に《あけぼの亭》を訪れていた男性騎士であった。
「知っている人かい?」シルヴァイルがリスティルに訊ねた。
「朝に話した旅の騎士さんよ。女の子を捜してここまでやって来ているってことだったけど、詳しい話は全く知らないの」
「へえ……」シルヴァイルは視線を眼前の騎士に戻した。そして、プレートメイルアーマーのデザインを注意深く調べてから、口を開いた。「はじめまして、シルヴァイル・ブロスティンと申します。レイゴーステム領主のファヴィス家に仕える方ですね?」
「その通り」男は首を微かに縦に振った。「私の名前はアレス・ローゼン。シルヴァイル君の言う通り、レイゴーステム領主であらせられるアシュヴィル・フォン・ファヴィス様にお仕えする者だ。そして同時に、リマリック帝国軍に所属する大佐でもある。以後、お見知りおきを」
「こいつはどうも」ブレシスは軽く頭を下げた。「……で、そのリマリック帝国軍の大佐さんが、どうしてこんな森の中で1人で歩いてるんだ? 昨日ちらっと聞いた話だと、俺達よりも一回りくらい小さい女の子を捜してるって聞いたけど、たった1人でやっているのかよ?」
「まあ……そういうことだ」アレスは頷いた。
「それって、無謀じゃないの? この辺りには山賊がいるって話なのよ。今、丁度私達はその山賊を退治するところだったんだけどね。いまらリマリック帝国で地位の高い軍人だからといったって、10人以上の山賊がうろついている山の中を1人で歩き回るのはきついと思うんだけど?」リスティルは一旦口を閉じると、アレス・ローゼンに顔を近づけて再び口を開いた。「……ねえ、せっかくだし、女の子を捜すついでに、私達と一緒に行動したらどうかしら?」
「一緒にか?」アレスは意外そうな表情を浮かべた。
「そうよ。1人だけで歩き回るのはとても危険だと思うわ。それに、私達も山賊退治の貴重な戦力が増えるからありがたいし」
「……ちょっと待て。私はそのような任務を受けてはいないぞ。私が受けた御命令は女の子の捜索であり、山賊退治では──」
「女の子が山賊に捕まってたらどうするつもりだい?」
 ブレシスの言葉を聞き、アレス・ローゼンは口を噤んでしまった。
 続いてシルヴァイルが言った。「12歳くらいの小さな女の子がこんな山奥に失踪してしまったと聞いては、黙って見過ごすわけにはいきません。特に、この辺りは山賊が出没する危険地帯ですから、彼女の身に何かあったとしたらそれこそ一大事ですよ。それに……非常に聞きにくいことを敢えて質問しますけど、ローゼン大佐がお探しの女の子って、ひょっとしたらファヴィス家の親戚筋の方ではありませんか?」
 シルヴァイルの言葉を聞き、5人の視線が彼に集められる。そして、彼らを代表してルッカ・クトローネが訊ねた。「ねえ、どういうこと?」
「はっきりと言ってしまうと、ただの家出少女を捜すだけだったら、リマリック帝国軍の大佐がその任に当たる必要は全く無いってことだよ。大佐といったら、今のリマリック帝国軍の階級制度では、上から6番目に位置していて、1つ上は准将……『将軍』を名乗ることが可能になるんだ。そんな地位の高い方が、たかが民間人の女の子を捜す為に、1人だけでこんな山奥にくるはずが無いと僕は思うんだけど……。普通の女の子を捜すだけだったら、ごく普通の兵士の皆さんを大勢動かしたほうが早く片付くと思う。それに、もしもアレス様が捜索隊を指揮している方だったとしても、民間人の女の子1人を捜すのを、大佐のような地位の高い人間が指揮するとはとても考えられないよ」
「それで、私の捜している女の子がファヴィス家の親戚筋だと考えたのか?」アレスが聞き返した。
「はい」
 リマリック帝国軍大佐は暫し無言を守っていたが、10秒ほど経ってから口元を歪めて笑い出した。「……そうか。やはり分かってしまうか。この鎧とマントは屋敷に置いてくるべきだったか」
「そうですね」シルヴァイルは頷いた。
「まあ、君の論理には綻びが多いが、結論に限れば完全に的中している。こうなったら、君達だけには話をしておかねばなるまい」
「当然、部外秘ですね?」ブレシスが確認の為に訊ねた。
「当然」アレスは頷いた後、手で前を示した。「とりあえず、歩きながら話そう」
 アレス・ローディを先頭に一行は再び前へ進み始め、約10分ほど経過してから、小さな泉のほとりに到着した。何者かがここで泊まっていたのか、泉のほとりには焚き火の跡が残されていた。
「昨日はここに泊まっていた」アレスは焚き火の跡を手で示しながら説明した。
「アレスさん1人だけ?」ルッカが訊ねる。
「いや。今、別の場所を従者と部下の兵士達が捜索している。ここへは合計7人で来た。私は専業の戦士なのだが、従者や部下の中には神官戦士が3人含まれているので、多少なりとも魔法を使って戦うことはできる。……まあ、専業の魔法使いが2人もいる君達と比べたら、魔法の腕前は大したことは無いが」
「……それで、お捜しになっている女性のお名前は?」ナイアスが訊ねた。
 アレスは息を整えてから答えた。「『ルクレツィア』だ。ルクレツィア・ファヴィス……これが、現在私達が捜している女性の名前──」
「えーっ、嘘ぉーっ!?」アレスの言葉が終わらないうちに、ルッカ・クトローネが耳をつんざくほどの大声で叫んだ。すぐ隣に立っていたブレシスとリスティルは顔を歪め、思わず両手で耳を塞いでいた。
「……どうしたんだい?」シルヴァイルは初めて聞く名前に戸惑っていた。
「あ、そっかあ……シルヴァイルって余所者だったんだね。ま、今日は私が教えてあげるよ」ルッカは得意げに微笑むと、咳払いしてから説明を始めた。「(オホン)えっとね、今の話に登場したのはルクレツィア・ファヴィス様。今年で13歳になるの。でね、今の領主様のお嬢様なんだよ」
 アレスは横から口を挟んだ。「現在の領主であらせられるアシュヴィル様の次女にあたる方だ。世間一般の基準に当てはめればなかなか綺麗な方なのだが、残念ながら貴族社会では必ずしも『美人』とはならない」
「どういう意味?」リスティルが訊ねる。
「はっきり申し上げれば、肌の色が少し黒いのだ。……いや、元から肌の色が黒いお方なのではなく、家の中で本を読むよりも外で遊び回ることのほうが大好きで、そのために日焼けなさっているだけなのだがな。それに、武芸だけならば男の兵士達にも負けぬほど上達しているのにもかかわらず、貴族社会で生きていく為に必要な教育──例えば礼儀作法や詩吟などは全く身に付いていらっしゃらない。しかし、貴族社会では、色が黒くて元気活発な女性よりも、多少病弱でも色白の女性のほうが好まれるものだ。同様に、長くて美しい髪が好まれる傾向が強いのだが、ルクレツィア様は『外で遊ぶ時に邪魔になる』と仰って、髪を短くお切りになってしまった」
「つまり……おてんば姫?」
「そういうことだ」シルヴァイルの言葉にアレスは頷いた。「顔立ちや体格などは、姉上であるディアドラ様とさほど変わらないはずなのだが、今ではディアドラ様だけが美人としてもてはやされている。まあ、ルクレツィア様は、そんな他人の評判など意に介さぬお方だがな。……っと、話が大きく逸れてしまった。とりあえず、ルクレツィア様のことは大体分かったかな?」
「はい」シルヴァイルは頷いた。「しかし、どうしてルクレツィア様がこんなところに?」
「実は、7日前に警護の兵士3人と一緒に、この辺りへ馬で遠出に出掛けていらっしゃったのだ。ところが、いつもは日没までにちゃんと帰ってきていたルクレツィア様が、この日に限ってお帰りにならなかった。そして、10月20日……5日前には、この近くで警護の兵士3人のうち2人が遺体となって発見された。そこで、私の出番となったわけだ」
「どうして公開捜査にしなかったのですか?」ナイアスが訊ねた。
「ルクレツィア様が行方不明であることを公開したとしても、要らぬ混乱が増えるだけだ。それに、秘密裏に処理できるものならば全てを秘密に処理せよ、というのがアシュヴィル様の御命令だ。それに逆らうことは私にはできぬ」
「そうですか……分かりました」
 ナイアスが応えた時、泉に通じる別の道から、数人の兵士達が現れた。彼らの着ている鎧は市販のチェインメイルアーマーであり、形状や大きさはまちまちであったが、腰にはリマリック帝国軍の所属であることを識別する為の橙色の帯びが巻かれていた。
「どうだったか?」アレスが兵士達に訊ねた。
「ルクレツィア様のお姿を発見するまでには至りませんでした。しかし、1つ気になるものを見つけました」
「ふむ……何かね?」
「ここから東に15分ほど行ったところに、納屋として使われていたと思われる小屋を見つけました。しかし、この小屋には多数の野盗が集まっていて、迂闊には近付けない状態にあります」
「今から行こうとしていたところだわ」リスティルは小声で言った。
「多分」シルヴァイルも小声で応じた。
「そして、この小屋の中から、若い女性の声が聞こえていたのです。『はなせー』とか『だせー』とかいう叫び声でした」
「……ということは……?」ナイアスが声を上げる。
「どうやら、私達と君達の目的地は一緒らしい」アレスは頷いた。「ルクレツィア様が捕まっているのかどうかは別にして、問題の小屋を大急ぎで調べねばなるまい。この冒険者達と一緒に、今すぐ現場へ向かうぞ」

4976年10月25日 10:22
リマリック帝国領シーディング村の東3km、山賊達のアジト

「ちょっと! いい加減にここから出してよ!」
 木製扉の向こう側から上がる少女の叫び声。それに続いて、何かがぶつかり扉が大きく揺れる音が響き渡る。部屋の中に待機していた山賊達は、12歳になる少女の立てる騒音に眉をひそめていた。彼らの中には、彼女の騒音が鬱陶しくなったため、小屋の外に飛び出す者まで現れていた。
「お頭……」山賊の1人が躊躇いがちに山賊達のリーダーである女性に声を掛ける。
「うっさいわねえ! あたしだって気になってるんだから。これ以上ウダウダ文句を言って雑音を増やさないでよ! ただでさえ、こいつの扱いに困ってるところなんだから」
「でも、うるさいですぜ」別の山賊が声を上げる。
「『相手はレイゴーステムのおてんば姫だから遠慮しろ』と言ったのはあんたでしょ! ふざけないで!」彼女は両目を吊り上げヒステリックに叫んだ。その声の凄さに、室内にいた山賊達だけではなく、扉の向こうに囚われていた少女でさえ息を止めていた。「だからあたしが最初に言ったでしょ、『芋虫みたいにグルグル巻きにしとけ』って! ……ったく、これだからぐずな人達は困るのよ……」
 今年で28歳になる頭目は頭を抱えていた。15歳でエブラーナの街を家出してから、彼女は様々な犯罪集団に身を投じ、その道の世界では知らぬ者のいない「才女」として知られるようになっていた。そして、今日から僅か1ヶ月前、これまでエブラーナ近郊で活動していた別の山賊団から子分達を大勢引き連れて独立し、新天地であるレイゴーステムで新たに山賊として旗揚げしたばかりであった。そんな彼女達の掴んだ最初の収穫が、木戸の向こう側に監禁している少女だったのである。しかし、世情に通じていた盗賊達の1人が少女の正体をすぐに見抜いたため、せっかくの「収穫物」も「危険物」であることが判明してしまったのである。よりにもよって、自分達が手に入れた最初の「収穫」が、名門貴族ファヴィス家の通称「おてんば姫」ことルクレツィア・ファヴィスだったのだから……。
 その後、捕まえた彼女をどうするのか約2時間にわたって論議が行われた。「すぐに釈放しろ」「いや、この場で殺してしまえ」と様々な意見が飛び交い、時には激昂した者が拳を振い出す有様であったが、結局、武器を全て取り上げて空になった掃除用具入れの中に閉じ込め、身柄の扱いは日を改めて論議することになったのである。しかし、論議を進めようとした矢先、今まで眠っていたルクレツィアが目を覚まし、掃除用具入れの中で騒ぎ始めていたのである。これでは、論議どころではない。
「どうしてこんなことになったのかしら……」頭目は溜息混じりに呟いた。
「……それよりも、このガキ、どうしやす──」
「あー、私をガキ呼ばわりしたわね!」掃除用具入れの中でルクレツィアが激昂した。「絶対許さないから! ここから出たら全員コテンパンにやっつけちゃうわよ!」
 少女の言葉を聞き、山賊は再び溜息を漏らした。「……ついてないわね」

4976年10月25日 10:29
リマリック帝国領シーディング村の東3km、山賊達のアジト周辺

 シルヴァイル・ブロスティンら冒険者と、アレス・ローゼンらリマリック帝国軍兵士合計12人のパーティーは、初めて共に戦う人間とは思えない速さで、アジトとなっている小屋の周囲の制圧を完了させていた。兵士達6人は2ヵ所設置されている扉の周囲に結集して建物内への突入の準備を整えており、その後ろでは、ナイアスが見張り役だった山賊の男性──魔法によって眠らされている──から武器を外す作業を続けていた。
「やはり、魔術は強いか」配置に着いた兵士達を眺めながら、アレスが小声で言った。
「そうですね」その隣に立っていたシルヴァイルが頷いた。「もし、誰も魔術が使えなかったら、見張り1人を倒すのだけでも苦労していたでしょう。魔術は呪文の種類が多いですから、こういう時には役に立ちますよ」
「そうだな」アレスは頷いた。「……では、次の手筈を再確認しよう」
「はい。次は兵士の皆さんが扉を蹴破り、同時にリスティルが呪文を使うことになっています。リスティルの使う呪文は強力ですから、呪文が発動する時には、僕達みんな目を閉じなければなりません」
「そうだったな。しかし、敵味方を無差別に攻撃することにはならないか? しかも、中にいるのはルクレツィア様──」
「だからこそ使うのよ」シルヴァイルの後ろに立っていたリスティルが口を開いた。「人質になっている人に余計な動きをされて、私達の行動が邪魔されちゃったら嫌でしょう? それに、私達が最初にしなきゃならないのは山賊達の退治。山賊達を素早く退治できたら、ルクレツィア様も生きて帰れるって」
「……楽観的だな」アレスが溜息混じりに言った。
「そうでなきゃ冒険者はやってられないわよ。それに──」
「それに?」アレスが訊ねる。
「この戦法、エブラーナ盗賊ギルド直伝なの。だから、信用しても大丈夫よ」
 リスティルはそう言って微笑むと、シルヴァイルの肩を軽く叩いて小屋のほうへ歩いていった。そして、兵士達の隣に腰を下ろして白系統呪文の魔法発動体を握り締め、いつでも戦闘が開始できるようにスタンバイを整えた。その様子を見ていたアレスは未だに納得しきれていないという表情を浮かべていた。
「……僕達も始めましょう。時間がありませんよ」
 アレスは大きく息を吐いて呼吸を整えた。「そうだな。ならば、ここはそのエブラーナ盗賊ギルド直伝の戦法とやらを実践してもらおう」

4976年10月25日 10:31
リマリック帝国領シーディング村の東3km、山賊達のアジト

 ルクレツィア・ファヴィスの処遇を巡る山賊達の論議は、表と裏の扉が破壊される音によって中断された。あまりに唐突な出来事だったため、中にいた人々は音のした方角を向くことしかできなかった。
「何なの!?」
 だが、音に反応して山賊達が行動を起こすより早く、リスティル・ゴートの呪文が完成していた。
「光の神よ、激しき雷鳴と閃光をこの地にもたらせ!」
 次の瞬間、轟音と閃光が部屋の中に満ち溢れていた。

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『Campaign 4980』目次 / 登場人物一覧
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