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4998年12月21日 12:29
シルクス帝国領レイゴーステム、ゾルトス神殿、大聖堂

「……そして、最後になりましたが、18年前の災厄で命を落とした者の全ての魂が安らかに眠らんを祈りつつ、私の言葉を終わらせて頂きたいと思います。18年前、レイゴーステムにて天に召された罪無き魂と、罪深き者が起こした愚かなる争いにて命を奪われた全ての魂に、永遠の安らぎがあらんことを。フェル・ヴィラーニ
フェル・ヴィラーニ
 ベルクラント・フィッシャーの祈りの言葉に、多くの人々が唱和した。シルヴァイルとリスティルの2人も、手を組み頭を垂れ、同じ言葉を呟いていた。古代語で「魂よ、安らかに」という意味を持つこの言葉は、善神・邪神の別を超え、全ての神殿で死者への弔いの言葉として一般的に使われていた。
「皆様、御静聴感謝します」
 ベルクラント・フィッシャー司教は口を閉じ、深々と頭を下げた。大聖堂に集っていた人々の間からまばらな拍手が起こる。
 拍手が静まったのを確認して、脇に控えていた司会(司祭)が口を開いた。「これをもちまして、新太陽歴4998年度の追悼ミサを終了致します。本日は御多忙な中お集まり頂き、誠にありがとうございました」
 ゾルトス神殿大聖堂で行われていた追悼式典はこうして終わりを迎えた。荘厳な空気に包まれていた大聖堂に、外の目抜き通りと変わらぬほどの喧騒が戻る。参列者達は席を離れ、家族や友人と言葉を交わしながら、5ヵ所設置されていた出入り口から、暖かい木洩れ日の射すレイゴーステムの白い街並みの中へ消えて行った。
「さ、そろそろ行くぞ」
「ええ」
 大聖堂の中から多くの人が出て行くのを待ってから、シルヴァイル達はゆっくりと席を立った。シルヴァイルとリスティルに連れられている子供達は、歩きながら背伸びをしたり欠伸をしたりして、1時間無言で座り続けるという苦行で疲れ果てた体をほぐしていた。
「父さん、お腹すいた〜」子供達のうち姉が声を上げた。
「そうね」リスティルも頷いた。「あなた、どこにするの?」
「《タイクーン・グラハム》に行こう。あそこなら味も大丈夫だ」
「そうね」
 リスティルは頷くと、子供達の手を引いて大聖堂の正面玄関へと向かった。玄関をくぐると、ダルザムール大陸から吹き付ける寒風が彼らの肌に突き刺さった。空は雲1つ無い快晴であり、レイゴーステムの白い街並みには冬の柔らかい陽射しが降り注いでいたにもかかわらず、シルヴァイル達は思わず身震いしていた。
「う〜、寒いよぉ〜」長女はそう言って、手袋を両手にはめた。
「……太陽は出ているが、今日は寒いな」シルヴァイルはコートの襟を立てた。
「ねえ……18年前、あの日はとても寒かったわね」
「そうだな」シルヴァイルは妻の言葉に頷いた。「あの時は例年に無い大寒波だったからな。11月の終わりには雪が降っていたし、3月になってからも雪の降る日があったくらいだ。しかも、冬将軍がやって来ている隣では、本物の将軍達が篭城戦を指揮していた……。いやはや、あの年はレイゴーステムにとって本当に苦難の1年間だったな」
「そうねえ……。それを考えれば、この街は本当に『不死鳥』なのかもしれない……」
「いや、『不死鳥』だったのは昔の住民達だ」シルヴァイルは首を横に振った。「今は普通の街になってしまっている……」
 リスティルはそう言いながら、神殿前広場を挟んで好対照を為す2つの街並みを眺めていた。現在のレイゴーステムの中心に位置するゾルトス神殿の周囲には大広場が作られ、平日には露店と買い物客で溢れかえっていた。この大広場から、北と南東の方向に向かって煉瓦で舗装された街道が伸び、街道の西側が「白の回廊」と呼ばれる新市街地、東側が旧市街地と呼ばれていた。この大通りは、ほぼ全ての建物が白色の色彩で統一された新市街地と、雑然とした建築物が無秩序に並ぶ旧市街地の2つの顔を一度に見ることができる場所であり、レイゴーステムを訪れる観光客の注目の的となっていた。
 東西に分割されたレイゴーステムの街のうち、西側の新市街地は、4980年の反乱によって灰燼に帰した街並みを、スラム街や難民キャンプに身を寄せていた人々が私財を全てなげうって復活させたものである。だが、街並みは元通り再建されたものの、人々の心だけは癒されぬまま時間だけが過ぎ去り、レイゴーステムを「不死鳥」たらしめていた住民達の気概や活気も蘇っていない。今では、レイゴーステムに対して「不死鳥」という称号を使い続けるのは、18年前に発生した反乱のことを知らずに街を訪れた無知な外国人観光客だけであった。
「……ねえ」リスティルが話しかけた。「そろそろ行かない? 立っていても寒いだけだし」
「そうだな。じゃあ、《タイクーン・グラハム》に向けて出発しよう」
 シルヴァイル達が動き出そうとした時、彼の右側から芯のある女性の声が聞こえてきた。「シルヴァイル・ブロスティンさん?」
 歩き出そうとしたところを横から話しかけられたシルヴァイルは、声の方角を振り向く。「はい、そうですが?」
「やっぱりそうだったね。懐かしいよ」
 シルヴァイルは女性の正体が分からず頭を捻っていたが、名前と顔を一致させると嬉しそうに声を上げた。「ルザリアさんじゃないですか! 久し振りですね!」
「お久し振り。5年ぶりだけど、相変わらず変わってないねえ」
 声の主──「ルザリア」は安物の普段着を身に纏った50歳前後の女性であった。左腕には、レイゴーステムで亡くなった人々への弔意を示す為、黒色の腕章が着けられていた。決して美人に分類されるような顔立ちではなく、体格もやや小太りという人目を惹きにくい外見をしている。だが、今の彼女の仕事にとっては、それが何よりも必要不可欠であった。
「だれ、この人? 父さんのお友だち?」長男が訊ねる。
「ああ。母さんの友達でもあるんだ。じゃあ、早速紹介しよう。ルザリア・グラーブさんだ」

4998年12月21日 13:17
シルクス帝国領レイゴーステム、レストラン《タイクーン・グラハム》1階

 宿屋だった《タイクーン・グラハム》は、4980年の戦火に巻き込まれて焼失してしまった。その後、レイゴーステムの復興に合わせ、かつて宿屋として置かれていた場所と全く同じ場所に再建されたのだが、当時の従業員達の多くが戦火で命を落としてしまったため、宿屋としての存続が不可能となり、辛うじて生き残った当時のコック長がレストランとして店を立て直したのである。
 普段は肉料理中心のメニューが出されるレストランであったが、12月21日はレイゴーステムでの「災厄」の喪に服するため、メニュー表から肉・魚料理は全て外されていた。店の出入り口に掲げられていた「おすすめメニュー」からも肉の姿は消えていた。
「ふう……御馳走様」
 ルザリア・グラーブはそう言ってスプーンを置いた。彼女が5人の中で最後まで食事をしていた人物であり、シルヴァイル・ブロスティン一家の食器は既に片付けられた後であった。5人が食べていたのは店頭に掲げられていた「おすすめメニュー」──野菜サンド・フルーツサラダ・レモンティーのセットメニューであり、辺りには紅茶の豊かな香りが微かに残されていた。
「味は昔のままで安心したよ。変わってたらどうしようかと思ったけどね」
「コック長が健在ですからね」シルヴァイルが応えた。「……それはそうと、ルザリアさんと会うのは何年ぶりだったでしょうか……」
「あたしとシルヴァイルさんが最後に会ったのは4994年11月のことだったねえ。確か、あの時は……」
「ええ。ルザリアさんのお父様の葬儀でしたか……」
 シルヴァイルの言葉にルザリアは微かに首を動かした。「あたしの親父は本当に偉大だったからねえ……。あたしは今でも親父に追いつこうとしてるけど、今のままじゃとても無理だね。スラム街の貧しいこそ泥で一生が終わるはずだったあたしの親父が、最後には『伝説の掃除屋』として語り継がれているのも分かる話だよ。多分、死んでも親父には追い付けないだろうねえ……」
「そうですか……」
「お仕事のほうは大丈夫なの?」リスティルが訊ねる。
「……ああ、そっちは大丈夫だよ。いや、親父の腕があまりに凄過ぎただけの話で、掃除屋として食っていくだけなら今のあたし達の腕前でも十分だよ。それでも、親父には適わないけどねえ……」
「ねえ、そうじ屋って何? どういうことをするの?」シルヴァイルの隣に座っていた長男が訊ねた。
 ルザリアはどこか遠くを見つめるような表情を浮かべていた。「そうだねえ……色々やっているよ。あたし達の本当の仕事は、お客さんに頼まれて、家や仕事場なんかをきれいにしてあげることだね。でもね、時には引越しの手伝いをしたり、お客さんに頼まれて手紙を運んだりすることもあるんだ。昔はね……坊やのお父さん達と一緒に、ちょっと危険なこともしたねえ……。あれは本当に大変だったよ」
 長男が目を輝かせながら訊ねた。「きけんなこと? なになに? お父さんもかつやくしたの?」
「まあ、活躍したのは間違いないけど、今はまだ秘密。父さん達が引退して、坊やが大人になってから……そうだねえ、15年か20年経ったら教えてあげてもいいかな? 今の坊や達には、難しくて分からないよ、絶対にね」ルザリアはそう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「ちぇっ、つまんないの〜」
「話を聞きたかったら、お父さん達から直接聞くことだね」
 シルヴァイルはルザリアの言葉に不満げな顔を見せた。「……ルザリアさん、私の立場は御存知でしょう? 引退後ならばともかく、シルクス帝国の国家公務員という立場にある以上、私の口からあの話をするべきではないと思いますが? そういう無茶を仰ったルザリアさんだって、ウル帝国御用達の清掃業者という肩書きを失いたくないでしょうに」
「確かにそうだね。……いや、ごめんな。今のは忘れてくれ」ルザリアは苦笑いを浮かべながら言った。
「……ねえ、仕事って大変なの?」今まで無言だった長女が訊ねた。
「そうだねえ。大変なのは間違いないけど、やりがいのある仕事だね。特に、お客さんから『綺麗にしてくれてありがとう』って笑顔で言われる時には、本当にうれしくなるよ」ルザリアの皺が走った顔に笑みが広がる。「自慢じゃないけど、おばさんやおばさんの父さんはね、皇帝陛下から誉めてもらったことがあるんだよ」
「うそぉ!?」長男が驚愕のあまり大きな声を上げる。
「ちょっと、うるさいわよ」リスティルが口に指を当てて長男に注意した。
「う〜ん、賞状や記念品をもらったから、それを見せることもできたけどねえ……。今度、この街に来ることがあったら見せてあげよっか?」
「うん! 約束だよ!」
 その後、5人は他愛の無い雑談を続けていたが、やがて話題が途切れると、ルザリアが店内の装飾品を見つめながら呟いた。「それにしても……懐かしいねえ……。全部、新しく買った作り物なんだろうけど、これを見ていると18年前を思い出すよ」
「ルザリアさんもあの時のことを思い出すのですか?」
「そりゃあね」ルザリアは頷いた。「そうじゃなかったら、腕に喪章を付けて今日ここに現れないよ」
「ルザリアさんとレゾヴィスさんには本当にお世話になったわ」リスティルが言った。
「いや、そんなことないよ。むしろ、お礼を言いたいのはあたし達のほうさ。あんた達お陰で、あたし達も無事に『仕事』をすることができたんだ。『仕事』が全部成功したわけじゃないけど、『仕事』が全部失敗するのに比べれば……」
「そうですよねえ……」シルヴァイルが応えた。その顔には、先程まで見せていた笑みはもう無い。
「考えてみれば、あんた達って変わってた連中だったねえ……。ドワーフの魔術師に凄腕の魔法剣士、商業神の神官戦士に召喚術師、そして父親が金持ちの盗賊に名家のおてんば姫……」
「物凄く滑稽なパーティーに見えたことでしょうね」
「そりゃあね」ルザリアは一瞬だけ微笑んだ。「みんな変わってたけど、特に変わってたのはあのおてんば姫だったでしょ?」
 シルヴァイルは一瞬だけ逡巡してから頷いた。「そう……ですね。最初の出会いから変わっていましたし……」

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