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4999年2月10日 23:45
シルクス帝国首都シルクス、2番街、シルクス警視庁1階
「……やっと終わった」
デニム・イングラスは警視庁1階のロビーで背伸びしながら呟いた。彼は今まで、サーレント・スレイディー、セントラーザ・フローズン、第7チームと第1チームの構成員、そしてレイモンド・フォン・ビューローと一緒になって、フェールスマイゼン購入時にフラマリス・ソロンに対して提出された書類の再調査を行っていた。キーシング夫妻を含めて、フェールスマイゼンを購入した人物は15人、提出された書類の数は54通、108枚──2枚で1通の構成であった──にのぼっている。デニム達10人は108枚の書類を隅から隅まで徹底的に観察し、少しでも不審な点が存在しないかどうかを調べていたのである。
この結果、15人のうち2人に問題が存在することが判明した。1人は8番街に住む宝石商の未亡人アナセル・ロヴノで、1月20日の1回だけソロン博士のもとを訪れフェールスマイゼンを購入していた。だが、これ以降、彼女が彼のもとを訪れることは無かったのである。もう1人の不審人物は1月18日になってソロン博士のもとを訪れフェールスマイゼンを購入していた。この男性は「グレスト・シュトライザー」という名前で書類を提出し、その15日後──2月2日にも現れてソロン博士からフェールスマイゼンを購入していたのである。だが、住所の欄には、高級住宅街の番地ではなく7番街のアパートの一室の番地が記入されていたのである。
──「グレスト」のほうは僕達の仕事だな。あそこは7番街だけど、倉庫街の聞きこみに忙しい第7チームの人達を巻き込むわけにはいかないし……。ああ、人数がもっと多ければ助かるのに……。
デニムが深々と溜息を吐いた時、背後から聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。「どうしたの? 元気無いよ」
「書類と睨めっこし続けたからね。それはそうと……1人なのか?」
「ええ」セントラーザは軽く頷いた。「サーレントさんはここでお休みだって。『帰りが不安ならデニムに送ってもらえ』と私に言ってから、そのままソファに横になって……。今頃、いびきかいてるんじゃないの?」
「多分ね」デニムは微笑んだ。「他の先輩から聞いた話だと、サーレントさんって結婚した後もああいう生活を続けるらしいんだ。事件が起きている時は家に帰らず、警視庁で寝泊りしているんだって」
「あの人らしいわね」セントラーザは微笑んだ後、無防備になっているデニムの左腕を取った。「……ねえ、一緒に帰ろ? ついさっき、サーレントさんからも『そうしなさい』って言われたし」
「一緒に……って、いきなり言われても……」彼女の突然の行動にデニムは驚いた。「セントラーザの家ってどこだったのか知らないけど……。僕は3番街に住んでる──」
「それは良かった。私も3番街なの」
「そうだったのか……」
デニムがセントラーザに対して好意を抱いていることは、デニム自身も理解していた。警視庁で始めて出会う女性であり、連続女性失踪事件を一緒になって捜査する仲であり、性格的に相手を嫌いになる理由が存在せず、セントラーザのほうもデニムを嫌っていない。そして何よりも美人であり人並みのプロポーションを持っている──デニムが彼女を好きになる理由は一通り揃えられており、相手のセントラーザさえ良ければ、事件解決後に付き合い始めようと考えていたのである。ただ、こうも早く2人だけになる機会が訪れるとは考えたことも無かった。
──セントラーザが何を考えているかは分からないけど……悪いことじゃないだろう。
結局、デニムはそう考えて彼女と一緒に帰る決断を下した。
「じゃあ、途中まで一緒ね」セントラーザは腕を組んだまま前へ歩き始めた。
「そうだね……って、ちょっと待って」デニムは慌てて立ち止まった。
「何なの? 忘れ物?」
「明かりの準備だ」
デニムは彼女の腕を解いてロビーの一角にあるカウンターまで歩み寄った。カウンターでは、警視庁の職員と思われる老人女性が書類を整理していたが、デニムが近付いてきていることに気が付くと、書類から目を話して顔を上げ、温和な笑みを浮かべながらデニムに話しかけた。「はいはい、何でしょう?」
「ランタンの貸し出しをお願いします」デニムはそう言いながら警視庁の身分証──鉄製のバッジを見せた。
老女はバッジを数秒間見つめ、それが本物だということを確認すると、カウンターの下から小型のランタンを取り出し、デニムの目の前に置いた。そして、デニムの耳にも聞き取れないほど小さな声で何か──呪文だろうとデニムは思った──を呟いた。次の瞬間、小さな正方形のランタンの中央部に光が灯り、デニムと老女の顔を明るく照らし出した。
「明日の朝に返して下さいね」
「分かりました。ありがとうございます」
デニムはセントラーザの元に戻ると、セントラーザにランタンを掲げて見せた。「これで大丈夫だろう」
「そうね」彼女は再びデニムの左腕に自分の右腕を回した。「じゃあ、帰ろっか」
2人は腕を組んだまま警視庁の正面玄関を出た。マジックアイテムによって暖められていた警視庁の1階ロビーとは異なり、外には晩冬の寒さが残っている。2人の吐く息が建物の外に出た途端に白くなった。
「う〜、寒い〜」セントラーザが体を震わせた。
「まだ暦の上では冬だし……直に暖かくなるよ」
「平気なの〜?」セントラーザがデニムに体を寄せながら訊ねた。
「寒いのは平気だよ。まあ、その代わり夏は死ぬ思いをするけどね」
「へえ、暑がりなんだ」
「そういうことになるかな?」
2人は腕を組んだまま東大通り(2番街と3番街を分割する大通り)を東へ向かって歩いていた。夜遅いためだろうか、大通りを歩く人影はまばらであり、建物から漏れてくる光が石畳の道をさびしく照らし出していた。街灯が発達していないエルドール大陸の諸都市では、夜間に街中を出歩く──特にスラム街などの路地裏を移動する時には、デニムの手に握られているランタンのような携帯照明が必要不可欠となっていた。
「……ねえ」セントラーザがデニムの顔を見つめながら訊ねた。
「どうしたんだい?」
「やっぱり、隣に誰かいると安心できる……」
「不安だったのかい?」
セントラーザは頷いた。「最近いなくなった女の子達が、私と同じかもう少し若いくらいの人達ばっかりでしょ。私だって『次は自分がいなくなるかもしれない』と思っちゃうわよ。一応、剣技の心得くらいはあるけど、私達が追っている相手が誰なのかも分からないし、女の子達がどうなったのかも分からないし……」
デニムは、セントラーザがまだ20歳にもならない若い女性──正確には4980年1月生まれの19歳であることを思い出した。犯人が10代の女性のみを狙って誘拐を続けているとなれば、彼女だって標的にされる可能性があるのだ。
「じゃあ、今まではどうしてたんだい?」
「1人だけで帰ってたの……怖かったわよ……。『襲われるかもしれない』とびくびくしながら帰ってたの……。でも、今日からは安心ね。デニムと一緒だったら、襲われることも無いし」
「まあ……魔術はある程度勉強しているけどね……」
エルドール大陸で一般的に使用されている魔法とは、その使用目的や行使方法によって大きく5つに分かれていた。だが、その根幹にある基本発想は1つである。それは魔力を付与した宝石やガラス玉を媒体にして術者の精神集中を容易にし、魔法をより使いやすくするというものであった。今から約5000年前に、ナディール・ラント・インダールという大賢者が開発した魔法の1形体であり、5つの系統全てを総称して色彩宝石魔法と呼んでいた。また、色彩宝石魔法の使用に必要不可欠であった宝石を埋め込んだ道具や装身具などのことを魔法発動体と呼んだ。
デニムが口に出した魔術とは、この色彩宝石魔法の中でも最もポピュラーなものとして知られていた。術者が魔力を自分の望む形態に変換して行使する魔法であり、全ての人間が使用できることが人気の秘訣となっている。魔法発動体には、魔力を付与された宝石やガラス玉を使った武器や装身具が使われている。それを身に帯びた状態で正確に呪文を発音するだけで、いつどこであっても簡単に魔術を使用することが可能になるのだ。
しかし、魔術の魔法発動体に使われる宝石の色は10種類用意されており、各色ごとに習得・使用できる呪文は個別に編集されて「×系統呪文」──「×」は宝石の色が入る──と名付けられていた。例えば、赤色の魔法発動体だけを持っているならば、自分が習得している赤系統呪文は使用できるが、橙系統呪文はたとえ習得していたとしても使用できないのである。自分が習得している橙系統呪文を使いたいならば、橙色の宝石を使った魔法発動体が必要であった。また、魔術を習得する者がいくつの色の魔法発動体を使いこなせるか(=何系統の呪文を習得することができるか)は、術者の先天的な能力によって決められていた。全ての者は最低でも1系統の呪文を使うことができるが、2系統以上の呪文を習得し2種類以上の魔法発動体を使いこなすためには、その者の先天的な素質が全てを左右していたのだ。
デニム・イングラスの場合、黄系統呪文(毒・化学変化を支配)、緑系統呪文(回復・治癒呪文)、紫系統呪文(魔力操作)、白系統呪文(光と聖なる力を支配)の4系統を習得していた。彼が特に得意としていたのは紫系統呪文であり、リマリック時代に習得した紫系統呪文の腕前は、魔術師ギルドの正規会員も顔負けであった。
「でも、どうしてベントさんに送ってもらわなかったんだ?」デニムが訊ねた。「幼馴染で隣近所に住んでいるという間柄だったら、もう少し仲良くしていても良いように見えるけど……」
「恋人同士みたいにってこと?」セントラーザが聞き返した。
「いや、まあ……それは直接的過ぎるけど……」デニムは言葉を濁らせた。「だって……すごく親しそうにしてたし……」
「別に構わないわよ」セントラーザはそう言って微笑んだ。「周りの人はそう思ってたんだから。でも、実際には違ったのよ。幼い頃からずっと一緒に暮らしてたようなものだから、逆に彼のことを異性として認識することが無かったのよ。これは本当のことよ。彼のことは好きだけど、それは友人としての話。……彼は既に結婚してるの。この間子供が産まれたばかりなのよ」
「へえ……そうなのか」
「今の彼、本当に幸せそうよ。仕事が続いて家にいる時間は短くなるだけだけどね。……それで、さっきのデニムの質問だけど、今のリデルは奥さんと一緒に7番街に住んでるよ。私の自宅と全く正反対の場所にね」
「なるほどね」
「帰りが一緒だったら、私もこうやって腕を組んで帰ってたかもしれない……。まあ、彼の奥さんに遠慮しなくちゃいけないから、そこまでは絶対にできっこないけどね」
セントラーザの言葉の後、しばしの沈黙が訪れた。この沈黙を破ったのはデニムだった。
「それにしても……事件のことが頭から離れないな……」
「いなくなった子達のこと?」
「それもあるけど……彼女達を連れ去った犯人の目的って一体何だろう?」
「そう言えば……今まで見落としてたね」彼女が事件の動機に関する考察を求められたのは今回が初めてだった。
「セントラーザの家に着くまで、それを考えてみないか?」
セントラーザは頷いた。「……身代金が欲しいわけじゃなさそうね。身代金の要求が1通も届いてないし」
「それに、連れ去られた女の子達の中に、スラム街の中でも最も貧しいところに住む子も混ざっていた。最も金持ちそうだったのが、僕達が自宅にまで押しかけたセリス・キーシングちゃんだったけど、あの家に脅迫状が届いたって話は聞いていない。1番最初の被害者になったルザミアちゃんの両親も、裕福そうには見えなかった」
「だとすると、金が欲しくて女の子達をさらったんじゃないと思うの?」
「多分。犯人が欲しいのは女の子そのものなんだよ」
「そうね──って」セントラーザは立ち止まって3番街へと続く道を指差した。「こっちよ」
デニムは3番街内部の通りに入ってから話を再開した。「で、さっきの話だけど……。犯人の目的が女の子そのものだったとしたら、その目的には何が考えられるだろう?」
「そうねえ……、デニムはどう思うの?」
「僕? あまりいい考えじゃないけど、生贄ってことは考えられないか?」
「生贄って……どこぞの宗教団体の儀式に女の子を使うの?」
「可能性はあるだろう? シルクス帝国の中に住む異端者達──特に自由神メロマラとか破壊神レゼクトスの信者が、何かの儀式を行うのに彼女達を使うかもしれない。彼らじゃないとしても、ホーリーシンボルを持たない新興宗教団体の中に、そういった生贄の儀式をする奴が存在する可能性だってあるだろう? 似たような事件が、去年、テンバーン王国で発生しただろう?」
「ルテナエア事件のことね」
4997年11月4日、リマリック帝国の北に位置する大国・テンバーン王国で、当時のテンバーン国王の妹であるイシリア・ロド・テンバーンが突如としてクーデターを起こし、同国の政権を掌握するという事件が発生した。だが、彼女が目指していたのはテンバーン1国の支配ではなく、エルドール大陸全体の完全征服であり、そして地球では邪悪神とされている破壊神レゼクトスの降臨でもあった。この目的を達成する為、イシリアはテンバーン王国が保有していたマジックアイテムなどを大量に使用して無数の悪魔・モンスターを召喚し、異形の者達を中心にして構成された軍隊を率いて、4998年2月から、リマリック帝国や両国に隣接するダウ王国への攻撃を開始したのである。ただ、実際には、イシリアの背後にルテナエア・ベルフェランザという魔術師が控えており、彼が彼女を操ってエルドール大陸に戦争と災厄をもたらしたのである。
最終的には、この事件はテンバーン王国内部の反政府組織、リマリック帝国西部の有力貴族であったテンペスタ家とルディス家、そしてモンスターの襲撃によって滅亡していたダウ王国の元王子マリエット・ヴァレル・エルネスト・ダウが編成した冒険者パーティーによって、4998年8月31日に事件の首謀者であったイシリアとルテナエアが殺害され、エルドール大陸西部全体を巻き込んだ大騒乱は解決する。そして、ルテナエア事件解決の中心メンバーとして活躍したテンペスタ家とルディス家、そしてリマリック帝国の崩壊を阻止するために東部地方で奮戦していたロストファーム家に対し皇位継承権が認められ、テンペスタ=ルディス両家が皇位を継承するシルクス帝国と、シルクス帝国の東でロストファーム家が皇位を継承するウル帝国が成立し、リマリック帝国は崩壊することになったのである。
しかし、ルテナエア事件解決直前であった4998年8月に、バソリー神の司祭に過ぎなったスーザ・ルディス・テンペスタ──現シルクス皇帝ゲイリー1世の妹──が誘拐され、イシリアの姉と共に、ルテナエア降臨用の生贄として捧げられそうになるという事件も起きていた。デニムとセントラーザの言葉はこの事件を指していたのである。
「でも、なんで10人以上の女の子が必要なの? 生贄の儀式のためなら1人か2人で十分だと思うけど……」
「被害者が多すぎる?」
「うん」セントラーザは頷いた。「ルテナエア事件の時だって、ルテナエアを復活させるために生贄にされそうになったのは、スーザ様とテンバーン王国の王女の2人だけだったじゃない? 聞いた話だと、レゼクトスを復活させるのに必要な生贄ってその御二方だけだったそうじゃないの。それを考えると、生贄の為に11人の女の子をさらうのは──」
「非効率的?」デニムがセントラーザの言葉を継いだ。
「うん。だったら……別の可能性もあるんじゃない?」
「別の?」
セントラーザは星空を見ながら呟いた。「どこかで女の子をこきつかうとか……」
「奴隷として?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない……。こき使うのかもしれないし、こき使わせるために別の悪人に売り捌くつもりなのかもしれない。どっちにしても、連れ去られた女の子達には酷い目に遭いそうね……」
「しかし、奴隷制度を行っている国がエルドール大陸にあるなんて話、僕は聞いたことも無いぞ。それに、シルクス帝国の同盟国になっている海洋都市連合でも、奴隷制度は4年前の建国時に廃止されたと大学で習ったよ。だから、奴隷目的で彼女達をさらったとは考えにくいんじゃないかな? そりゃあ、非合法にどこかで誰かか奴隷を使ってるというなら話は別だけど」
「じゃあ、奴隷貿易の線も無し、ってこと?」セントラーザは不満そうに訊ねた。
「無いわけじゃないと思う。少なくても、僕の生贄説よりかは真実味がある──」
デニムが言いかけた時、セントラーザが突然立ち止まった。
「ん? どうした?」
「ここが私の家なの」
セントラーザはそう言って、デニムの右手のアパートを指差した。煉瓦造りであるのは他のアパートと一緒であるが、デニムが住んでいるアパートと比べて一回りほど大きな作りになっており、窓には木戸と共に板ガラス──すりガラスの一種で透明度は低くなっている──も使用されていた。帝都シルクスの住宅としては、一戸建ての建物の次に高価格で快適と言われている。
「へえ、きれいな所だな」
「ここが私の実家よ。父さんが頑張って買ったの」セントラーザを腕を放すと、自慢げにアパートを手で示した。
「じゃあ、今は両親と一緒に?」
「そう。機会があったら、サーレントさんと一緒にお呼びするわ」セントラーザはそう言って、デニムの手を握り締めた。「とりあえず、今日はありがと。本当に助かったわ。今日の話の続きはまた警視庁でね」
「いや……別に構わないよ。丁度帰り道が一緒だったし」
「じゃあ、また明日ね」セントラーザは手を振りながらアパートのほうへ歩き出した。
「うん。お休みなさい」
4999年2月11日 00:02
シルクス帝国首都シルクス、4番街、酒場《溶岩親父》近くの路地
デニムとセントラーザの1日が終わったのと同時刻、4番街の一角では3人の男達が物陰に潜み、4番街にある酒場の1つ《溶岩親父》のほうを観察していた。彼らは護身用としてハードレザーアーマーを着用し、腰からは市販されているごく普通のブロードソードを下げていた。
「なあ、まだ終わらないのか?」抜き身のブロードソードを持った男が不満の声を上げた。
「聞いた話では、0時には従業員を帰しているそうだ。だから、もうすぐだとは思うが」左隣で片膝を付いていた別の男が答えた。
「じゃあ、なぜ現れねぇ?」
「さあて……俺は知らんから何とも言えん」残る1人の男性は首をすくめた。
「しっ! 静かに!」片膝を付いていた男が命令した。「もうすぐ現れるぞ!」
《溶岩親父》の正面で入り口から、2人の女性が笑いながら出てきた。3人は更に腰を落として、彼女達の様子を観察していた。
「やっと現れたぞ」男達の1人が薄ら笑みを浮かべた。
金髪のショートヘアに目鼻立ちがくっきりとした顔、男性達の欲望と女性達の羨望を湧き起こすような素晴らしい胸、そして優雅に長く伸びた足。実の姉妹なのだろうか、顔の似通った2人は仲良さそうに並んで歩いていた。
「明日休みだったよねー」
「うん、超グッドって感じじゃーん? じゃあ、どっか行く?」
「南東大通り沿いに新しい喫茶店ができたんだって。行ってみない?」
「あ、それ良さそー」
彼女達は深夜の闇を切り裂くような甲高い声を上げながら、3人のいる路地へと近付いた。
──この2人なら、餌食にしても心が痛まんだろう。
ブロードソードを持った男は2人の女性の姿を眺めながら心の中で毒づいた。彼ら以外の「チーム」の仕事を見ていると、この男の心の中に少なからず残っている良心というものが痛みを訴え、罪悪感に襲われることもあった。だが、(この男達の目から見て)軽薄そうに振舞う2人の女性を彼らの餌食に選ぶことには、全く良心が痛まなかった。何度も食事を共にし、数日前にはデートにも出掛けた。そして、彼女達の美しさが上辺だけの物でしかないことを十分に知ったのである。それは、彼らの宗教的道徳心から見た基準──実際には歪んだ基準であったが──に照らし合わせても「妥当」な判断であったのだ。
──こんな奴ら、この際だからシルクスから消してしまえ!
女性達が暗がりで待機していた3人の眼前を通過する直前、男達は行動に移った。
抜き身のブロードソードを持った男が女性達の正面に現れ、僅かな星明りと建物の照明を反射している刀身を彼女達に付きつけた。
「え? アンタ、あの店で──」
彼は女性の1人の言葉には反応せず無言のまま立ち続け、言葉を発したり更なる行動を起こす素振りは一切見せなかった。だが、女性達を怖がらせ、背後への警戒心を失わせるにはこれで十分だった。彼が正面に立った1秒後には、残る2人の男が女性達の背後に回り、彼女達の口に湿った布切れを押し当てたのである。
「ぐ……」
「なに……これ……」
魔法性の睡眠薬を嗅がされた2人の女性は体から力が抜けるように崩れ落ちた。
「よし、上手く行ったな」ブロードソード持ちの男が不気味な笑みを浮かべた。
「お前が女を脅す姿も様になってたぜ」布を押し当てた男の1人もにやりと笑い返した。
「とりあえず、こいつらを運ぶぞ」
彼らは女性達に布製の猿轡を噛ませた後、彼女達を背負って4番街の路地を慎重に歩いていった。3人のうちブロードソードを構えた1人が先導役となり、周囲に誰かが現れて犯行現場を目撃されないように注意していた。無論、誰かに犯行現場を目撃されたならば、彼らが持っていたブロードソードを目撃者に振り下ろして全てを解決するのである。
やがて、彼らは南大通り近くの待ち合わせ地点に到着した。既に、女性達を運ぶための荷馬車とその御者達が待機しており、3人の男性(+2人の女性)の姿を見ると、彼らのほうに歩み寄ってきた。「遅いぞ」
「すまん。連中が建物を出るのが少し遅れたんでな」
「それは分かった。早く済ませるぞ」
御者達は荷台の上に女性達を乗せると、彼女達の上に干草を被せ、更に荷台全体を麻布のシーツで覆った。こうすることにより、何者かが彼らの姿を見たとしても「干草の運搬中だ」と釈明できるようになったのである。
全ての準備が整ったところで、御者の1人が3人の方を向いて言った。「報酬は明日の午後7時だ。いつもの場所で待っておくように」
「了解」ブロードソードを持っていた男が応えた。
「では、行くぞ」
鞭の音が深夜のシルクスの町並みに響き渡り、2頭立ての荷馬車がゆっくりと石畳の道を進み始めた。
シルクスでの連続女性失踪事件の、12人目と13人目の被害者が出現した瞬間であった。
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