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4999年2月26日 15:36
シルクス帝国領エブラーナ

 異端審問所書記室長に任命されたデスリム・フォン・ラプラスの新しい任地となったエブラーナは、エルドール大陸有数の港町として知られていた。今から6000年以上も昔から漁港として使われていた天然の良港であり、今日でも、港には多数の商船と軍艦が停泊し、港から荷揚げされた品物が並ぶ商店街は、所狭しと並ぶ露店と商店を訪れる買い物客で賑わっていた。
 しかし、真にこの町を象徴するのは、エブラーナの港を見下ろすバブイルの丘の上に建てられた建物であった。その所有者の名前はエブラーナ盗賊ギルド。国内外を合わせて2000人以上が所属しているというエルドール大陸最大級のギルドであり、その構成員達の仕事ぶり──暗殺も含む──は常に素晴らしいものであった。そして、この卓越した専門技術は、常に新たな顧客とその敵対者を生み出し、ただの雇われ人に過ぎないはずの自分達もその利害関係に巻き込まれることがあった。そのため、エブラーナの町は、盗賊ギルドに加わっていない民間人の意思とは関係無しに、幾度と無く内戦や謀略の渦中に巻き込まれたのである。シルクス帝国の建国前であった昨年も、この町は内戦の舞台となり、市街の30%が焼け野原となる大きな被害を受けていた。しかし、今では、焼失した市街地も見事に復興され、エブラーナは内戦前の繁栄と活気を取り戻していた。
 デスリム・フォン・ラプラスは馬車の窓を開け、商人達で賑わうエブラーナの町並みを眺めていた。晴れていたこともあってか、町は人と商品で溢れかえっていた。こんな活気溢れる港町に異端審問所が置かれていることが、ラプラスには信じられなかった。
「どうです、エブラーナは?」ラプラスの隣に座っていた内務省の職員が言った。
「いつもこんな感じなのかね?」彼は窓の外を見ながら大声で訊ねた。外から聞こえてくる喧噪に負けじと声を張り上げてしまうのだ。
「ええ。特に今日は《6の市》の日ですから、いつになく賑やかなんですよ。この《6の市》でしたら、世界中の名品・珍品を揃えることもできます。食べ物も美味しいですし、一度住んだら離れられなくなりますよ。とても良い町でしょう?」
「君のお勧めは何だ?」ラプラスは食べ物には目がなかった。
「鮃(ひらめ)の干物と白ワインが特に絶品ですね。酒好きの方には是非お勧めですよ」
「それは良いな。で、その他には?」
「鮃や鯛の刺身もいけますね。とにかく、魚介類だけは豊富に揃う町ですから、魚好きの人間にはたまらないでしょうね。その代わり、肉料理のほうは他の町と大して変わりませんがね。それはそうとして、まず、どこに行きますか?」
「異端審問所だ。顔合わせを早くしておきたいのでな」
「了解」職員は頷くと、前方の窓を開けて御者に声をかけた。「バブイルの丘へ」
「あいよ!」
 御者の掛け声と共に鞭が降り下ろされ、2頭の馬達が歩みを速める。馬車は商店街を抜け、住宅街の間を通り、やがて緩やかな坂道に差しかかった。窓の外に、バブイルの丘全体に広がるスラム街の町並みと、青く輝くエルドール海の姿が飛び込んできた。
「丘の上がスラム街なのか?」ラプラスが職員のほうを向いた。
「そうなんです。かつてはこの丘は城として使われていたんですが、今から1200年前に焼失してしまいまして、それ以来、城は別の場所に移されたんですよ。ほら」
 職員が市街地の北端に位置する建造物を指さした。確かに、城壁と堀が造られている。
「何で丘の上に建て直さなかったんだろう?」
「さあ」職員は首を横に振った。「言い伝えでは『城跡に亡霊が多数徘徊するようになったからだ』とされてますけど、本当のところは分かりませんよ。で、話を元に戻しますけど、城が町の外れに移ったせいで、高級住宅街も全部向こうに移動してしまったんですよ。で、誰もいなくなった無人の丘に、無秩序に家が建てられるようになって、今の町並みが出来上がったわけです」
「そして、その頂上に盗賊ギルドが建てられた、というわけだな」
「ええ。他の町でしたらスラムのどこかに隠されているんですけど、ここではその必要がないから、おおっぴらに建てられているんです。何せ、この町の実際の支配者はこのギルドでして、代々の領主は単なるお飾りですからね。リマリック帝国の歴代皇帝も、こっちのほうが統治に都合が良いもんだからそれを黙認して、今までこの伝統が続いてきたんです」
「現在はどうなんだ?」
「同じですよ。現在の盗賊ギルド長はゲイリー陛下の御友人だと聞いておりますしね」
 ラプラスは無言で頷いた。
 ルテナエア事件当時、エブラーナ盗賊ギルドは、当時の支配者であったリマリック帝国を支持する人々と、そのリマリック帝国と戦争を繰り広げていたテンバーン王国に寝返る人々の2つに分裂し、両勢力の間で激しい市街戦が展開されていた。だが、親リマリック派が密かに西リマリック帝国宰相ジョン・フォルト・テンペスタに救援を要請し、帝国軍が出動したことにより、騒乱は瞬く間に鎮圧されたのである。
 この時、親リマリック派と西リマリック帝国の橋渡し役となり、同国に対して積極的に軍事介入を働きかけた男がいた。その男の名前はレイ・ジスラン──マリエット・ヴァレル・エルネスト・ダウ。彼はリマリック帝国とテンバーン王国の国境線上に位置したダウ王国の第2王子であった。しかし、昨年の春、テンバーン軍によってダウが占領されると、ダウを脱出して冒険者となり、ダウ王国解放を目指して様々な活動を展開した。この時の冒険者仲間の1人が、シルクス帝国の大将軍ゼトロ・ウォレス・テンペスタ──ゲイリー1世の弟であった。ジスランはシルクスに到着すると、ゼトロの親戚達と会談を重ね、帝国軍によるエブラーナ介入を決断させたのである。ジスランの両親──ダウ国王夫妻は、亡命中に親テンバーン派の暗殺者によって殺害されており、彼にとってエブラーナ掃討とは敵討ちの戦いをも意味していた。
 テンバーン王国との戦争が終結し、5つに分裂していたリマリック帝国が滅亡してシルクス帝国が成立すると、ジスランはエブラーナ盗賊ギルドの長に就任した。彼自身が優秀な盗賊であったためであるが、その裏には、戦争後も強大な国力を誇る(経済力と科学技術力では大陸最強のままであった)テンバーン王国を仮想敵国とした秘密軍事同盟を、ダウ王国とシルクス帝国が結んだという事情も隠されていた。ジスランが帝国最大の盗賊ギルド──事実上の諜報機関──のトップに就いていることは、両国が軍事機密情報を共有し、その協力関係が今も生き続けていることの証でもあった。
 ──遠く祖国を離れて祖国のために働く、か……。
「もうすぐ着きますよ」
「ああ、分かった」職員の声でラプラスは現実に引き戻された。

4999年2月26日 16:10
シルクス帝国領エブラーナ、エブラーナ盗賊ギルド1階、応接室

 盗賊ギルドの建物は、地上部分は3階建の石造りになっている。ここには、盗賊ギルドの仕事のうち最も「光」に近い部分──構成員用の保養施設や、ラプラスなど外部からの出向者のためのオフィスが集められている。1階にはギルド直営の食堂や会員制酒場も設置されており、ギルド職員だけではなく周囲に住むスラム街の住人達も多数利用している。
 一方、地下部分の全貌は不明である。盗賊ギルドを運営している幹部達ですら、その正確なフロア数と部屋数を把握し切っていないのである。古文書や過去の記録を参照した限りでは、地下は12ないし17層に分割されており、倉庫や訓練施設、牢屋などとして使われている。だが、最深部には未知の怪物が住み着いているという噂も絶えず、その全貌は闇に包まれたままであった。
 新任者であるラプラスとギルド幹部との顔合わせは、ギルド1階にある応接室で行われた。
「初めまして。私が盗賊ギルド長のジスランです」
 レイ・ジスラン──マリエット・ヴァレル・エルネスト・ダウはまだ20歳代の若者であった。だが、ラプラスの目を引いたのは、その若さではなく容姿であった。髪の毛から虹彩・皮膚の色までが全て灰白色である。無論、生きていない彫像のように真っ白ではなく、多少は赤みがかっているが、それでも独特の灰白色は見る者に驚きを与えていた。
「失礼なことを伺いますが──」
「古代人を見るのは初めてのようですね」彼はラプラスの驚いている表情を見て微笑んだ。「知人の賢者に聞いたところでは、俺は古代人と呼ばれている特殊な人種の末裔だそうです。かつてはこの地球の上を我が物顔に支配してたそうだが、5000年前にほとんどいなくなったと聞いてます」
 ジスランのような古代人は、正式には「天空の民」と呼ばれていた。かつての地球を支配していた人々であるが、現在の人間達──「大地の民」とも呼ばれる──との争いに破れ、ごく一部の人々──大地の民と共存する道を選んだ人々──を除き、その大半が月に追放されたのである。なお、前述のナディール・ラント・インダールとは、この2つの民族の間の大戦争において、大地の民の指導者として活躍したのであった。
「とりあえず」ジスランはゆっくりと立ち上がった。「ようこそエブラーナへ」
「こちらこそ。これからよろしくお願いします」2人の手がしっかりと握られた。
「聞いたところでは、異端審問所の書記室長としてここに来たとか?」
「ええ。帝国大学から派遣されました」
「そうですか……」ジスランは腰を下ろした。ラプラスもそれに合わせてソファに座る。
「ギルド長として、何かアドバイスを私に頂けたら……」
「俺は何も言えん──いや、言えませんよ。異端審問所の活動については、我々盗賊ギルドのほうもノータッチですから。俺達は単に場所と人を貸してるだけです。詳しいアドバイスとかは、この副ギルド長からもらって下さい」
 ジスランの後ろに立っていた長身の男性が軽く頭を下げた。
「とりあえず、今日はここで失礼します。今から部下に登攀(とうはん)術を教えに行くので」
 ジスランはそれだけ言い残し、立ち上がるとすぐに応接室を後にした。
「忙しそうですね」ラプラスはジスランの背中を見ながら言った。
「ええ」副ギルド長は答えながらソファに腰掛けた。「ギルドにおける新人研修の多くに、講師として参加してらっしゃいますよ。まあ、交渉事よりも体を動かすことのほうが得意な方ですしね」
「引退するまで第一線で働くおつもりなんでしょうか?」
「そうですね。……それはともかく、まずは自己紹介をしましょう。私はヨルド・ラフディアス。エブラーナ盗賊ギルドの副ギルド長です。これからよろしくお願いします」
「デスリム・フォン・ラプラスです。どうそよろしくお願いします」
 ソファに座ったままで、2人は握手を交わした。
「異端審問所書記室長として赴任されたと伺いましたが?」
「ええ。帝国大学や内務省から聞いた話では、異端審問所の事務員達を統率する立場になるとか──」
 ラフディアスは頷いた。「大体その通りです。ただし、職員100人の約3分の2は我々盗賊ギルドからの出向者であり、警備要員としての仕事を任されています。残りは内務省や軍務省から出向した官僚や軍人達であり、彼らが異端審問に関する事務処理全般を担当しているのです」
「私の部下はこの100人全てだと考えて良いのですか?」
「ええ。ちなみに、あなたの上司となる人間は11人──異端審問所の裁判官7人と、検察・弁護代理人となる4人の司祭達のみです。旧リマリック帝国時代では、裁判官は3人でしたが、今は『シルクス帝国における宗教事情を忠実に反映させるため』、今の7人になったんです。国教であるタンカードとバソリーの両神殿から司教が各3人、残る1人は運命神ゾルトスの神殿から派遣されることになっています。この辺はラプラスさんも御存知ですね」
「ええ。私の専門領域ですし」
「しかし」ラフディアスは声を落とした。「リマリック帝国時代に異端審問所が設置された当初から、ゾルトス神殿は聖職者の派遣要請を断り続けています。現在も、裁判官7人のうち1人分は空席のままです」
「ということは、裁判官の数は6人……?」この情報はラプラスにとっては初耳であった。
 ラフディアスが無言で頷いた時、応接室のドアが静かにノックされた。
「マンフレート・セルシュ・ブレーメン様がお越しになりました」
「分かった。通してくれ」
 ラフディアスの声に応えて、応接室のドアがゆっくりと開き、30歳前後の若い男性が姿を見せた。身長は170cm前後。ラプラスが見たところでは、運動選手か戦士のように引き締まった体付きをしており、いわゆる中年太りの兆候は見られなかった。鎧は一切身に付けていないが、腰にはダガーとレイピアをさげており、自分自身の身の安全にも気を配っていることを伺わせた。
「新しい書記室長となったラプラスです」文学部教授はそう言って立ち上がった。
「初めまして」部屋に現れた男はそう言って手を前に出した。「あなたの補佐役を務めます副室長のマンフレート・セルシュ・ブレーメンです。気軽に『マンフレート』とお呼び下さい」
「分かった。これから1年間よろしく、マンフレート」
 2人は固く握手を交わした。ラプラスには、この日幾度となく交わされた握手の中では、この補佐役との握手が最も固いものではないかと感じられた。良い兆候である。
「こちらこそよろしくお願いします。あなたが来てくれてこちらも大助かりです」
「何かトラブルでも?」
 マンフレートはラフディアスの隣に腰を下ろしてから口を開いた。「トラブル、というほどのことでもないんですけどね。前任者が宗教学と法律学の素人でして、仕事の内容を説明し理解して頂くのに骨を折ったんですよ。何しろ、『異端』の定義から話を始めなきゃなりませんでしたから」
「どこの誰だ?」
「リマリック近郊の封建領主の跡取り息子です。馬鹿な貴族の見本のような人物でして、仕事にもほとんど顔を出していなかったんですよ。今年の1月に、父親の看病を理由にして辞めましたが、実際には首を切られたも同然なんです。そのどら息子が室長に就いてから2年近くの仕事は、我々職員達がほとんど仕切っていました」
「つまり、君に聞けば何でも答えられるわけだな?」
「まあ……そうですね」マンフレートは頷いた。
「では、早速だが私のオフィスの場所を教えてくれないか? 初めて来たばかりなのでね」
「喜んで」

4999年2月26日 16:47
シルクス帝国領エブラーナ、エブラーナ盗賊ギルド2階、異端審問所書記室

「この部屋です」
 マンフレートが案内した部屋はギルドの2階にあった。「書記室」と書かれた札の掛かっている扉を開けると、日当たりの良い広々とした部屋が目の前に現れた。南側の壁には、高級建材であるガラスを惜しみなく使用した窓が取りつけられ、室内に明るい自然の光をもたらしていた。部屋に置かれていた机の数は20個ほどであったが、現在は2人の職員が椅子に腰掛けて、机の前の書類に無言で目を通しているだけであった。
「このような部屋が、この2階には他にも4つ設置されています」マンフレートはそう言いながら、奥まった所に用意された書記室長の机にラプラスを誘導した。「この部屋の職員の主な仕事は、裁判記録の管理と保管、そして異端者達に対する尋問となっています。経理や証拠調べなど別の仕事は、こことは別の部屋で行われています」
 部屋の壁際に作られた戸棚に並ぶファイルには、全て「裁判資料:●月◎日」と書かれた紙が張りつけられており、このことがマンフレートの言葉を暗に裏付けていた。
「残っている人の数が少ないな。別の場所に行っているのか?」
「その通りです。牢獄や法廷は全て地下部分に設置されています。異端者に対する裁判や尋問が行われる時は、職員達は書記や質問者としても動員されるのです。今現在も裁判は行われておりまして、今日は午後10時まで裁判が連続して行われます」
「そんなに異端者が多いのか?」ラプラスは椅子に座りながら訊ねた。
「今日は偶然多くなっただけです。昨日、エブラーナ市内の倉庫街にあったナディール教徒の自宅を摘発し、そこにいた5人をまとめて逮捕したんです。今日は夕方から全員に対する判決の言い渡しが行われています」
「ナディール教団……今話題の信仰宗教団体だな」
 ナディール教団とは、今から51年前の4948年に、シルクスから遠く北東に離れたイオ=テード同君王国にあるイオタの町で設立された団体である。表向きは宗教団体となっており、5000年以上も昔の大戦争で活躍したナディール・ラント・インダールという女傑を崇拝している。信者達は彼女の生存を今でも信じ続けており、彼女がこの世界に再び現れることを今や遅しと待ち続けているのである。それと同時に、彼らは身分制度が完全に破壊された社会──彼女が理想視した社会の実現を教団の最大の目標に据えており、信者達はあらゆる手段を講じてその実現に努めるように要求されていた。
 政教一致の封建制社会が確立しているシルクス帝国においては、彼らの掲げる思想は社会を乱すものでしかなく、当然のようにナディール教団は異端とされている。そして、彼らが執筆・印刷した書物や、彼らの思想を擁護する書籍は全て禁書に指定され、それらの保有者も異端者として摘発されたのである。
「分かった。……それで、仕事はどうなっている?」
「室長としての正式な仕事は3月1日から始められます。最初の仕事は、リマリックで逮捕された2人の異端者に対する裁判です。資料によりますと、2人はリマリック市内の武器屋《エルフの大弓》の従業員で、破壊神レゼクトスの司祭だったという容疑が掛けられています。ホーリーシンボルも見つかっています」
「だとすると、事件としては簡単だな」
 ホーリーシンボルとは、神聖魔法を行使するのに必要不可欠な魔法発動体であった。このホーリーシンボルは1人が1個しか持つことができず、他系統の魔法とは異なり使用者限定──他人のホーリーシンボルでは神聖魔法を行使できない──という独特の特性を兼ね備えていた。つまり、ホーリーシンボルを詳しく魔法で分析すれば、本来の持ち主が誰であったを特定することも可能であり、ホーリーシンボルさえ残っていれば、邪悪な神を崇める闇の聖職者達を異端者と認定することは造作もないことであった。逆に言うと、ホーリーシンボルを持っていない聖職者達を摘発する時や、ナディール教団のような政治団体を「異端者」として摘発する時には、この方法は使えないのである──彼らはホーリーシンボルを持っていないから。
「やはり、専門家がボスですと話が早いですね」
「それはどうも」ラプラスは部下のお世辞を軽く受け流した。
「裁判においては、室長や私をはじめとするここ書記室の人間は、全員が裁判記録を取るための仕事に回されます。人数が足りないので、管理職である我々も速記に駆り出されますよ。何か分からないところがありましたら、いくらでも私に質問して下されれば結構です。しかし、実際に裁判を体験し傍聴することが、我が異端審問所の仕組みを知る上で重要だと思いますね」

4999年2月26日 11:14
シルクス帝国首都シルクス、7番街、アパート4階の一室

「次の仕事が決まった」御者の男が言った。
「誰だ?」男達の1人が訊ねた。
「ナターシャ・ノブゴロド。7番街の酒場《火山灰カクテル》で働いている女性、17歳。君達が教えてくれたやつだ」
「17歳……そんなに若かったのか?」
「ああ。我々が動き出してからも、真夜中に1人で帰ることを止めない馬鹿者だ。だから、今回のターゲットに選ばれたわけだ。しかし、今回は5人チームで行動する」
「5人?」別の男性が訊ねた。
「そうだ。私と君達3人、そしてエレハイム・カッセルをさらった時に私と同行していた御者、その合計5人だ。ターゲットであるナターシャは去年まで冒険者をしていたそうで、レイピアの腕もなかなか優れていると聞いている。だから、真夜中に堂々と1人歩きができるだけの図太い神経が備わったのかもしれんが、それはどうでも良い。とにかく、相手が手強そうなので、今回は5人で彼女を攻撃することとなった。よろしいかね?」
「大丈夫なのか?」今まで無言だった男性が訊ねた。
「私かね? 大丈夫だ。こう見えても魔法使いの端くれだからな。少なくても、足手まといにはならないはずだ」
「心配しなくていいんだな?」
「ああ。決行は2月28日の午後11時だ。準備を怠るなよ」

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