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4999年3月16日 19:18
シルクス帝国領エブラーナ、エブラーナ盗賊ギルド2階、異端審問所書記室

 《7番街の楽園》で逮捕された8人のエブラーナでの受け入れ作業は、午後2時から開始された。エブラーナ湾に設置されたシルクス海軍の軍港に寄港したガレアス船から8人を下ろすと、異端審問所の職員は天井付きの乗り合い馬車で8人を盗賊ギルドへと移送した。馬車は厚手の布で覆われており、外の一般市民達が馬車の中を観察することはできなかったが、これは護送される人間ではなく彼らを監視している異端審問所の職員の姿を隠す為であった。「異端者」達から見れば、異端審問所の職員は憎悪の対象でしかなく、しばしばテロや暗殺のターゲットに選ばれることがあったからである。リマリック帝国時代の4905年には、破壊神レゼクトスの司祭達が異端審問所の職員に対して組織的なテロ活動を展開し、僅か1年で30人もの職員が殺害されてしまった。馬車を隠すことは、当時の教訓として講じられた自衛措置なのである。
 エブラーナ盗賊ギルドに到着してから行われたのは、8人を正式に異端審問に掛ける為に必要な書類審査であった。起訴を行った神殿──この場合はタンカード神殿から送られた起訴状を点検し、書類に不備が無いかどうかを調べるのである。しかし、この手続きは事実上形骸化しており、第1法廷で行われた書類審査は僅か30秒で終了となった。書類審査終了後、被告人となった8人は盗賊ギルド2階の地下牢に収容された。
 そして、書類審査が終了した直後から、弁護人と検察人による方針会議が開始されるはずであった。しかし、8人に対する異端審問では、この段階の作業から混乱が発生していた。
「告発人には参加できないと仰るのですか?」
 ラプラス書記室長に質問されたバソリー司祭アテナ・オナシスは頷いて答えた。「はい。バソリー神殿最高司祭でおられるステファナ・ルディス・テンペスタ様からの御指示なのです。ステファナ様は私に宛てたお手紙の中で、『《7番街の楽園》で逮捕された8人は無実であるから、いかなる手段を講じても良いから彼らを助け出せ』と命じられたのです。裁判官となられている3人の司教の方はどうされるかは分かりませんが、少なくても、私はバソリー様にお仕えしている身として、無実と思われる方々が殺されるのに手を貸したくはありません。ラプラス殿も御理解して頂けますね?」
「しかし、その行動は今までの慣例に反したものですよ」ラプラスが警告した。
「それは承知しております。ですが、『シルクスを始めとするバソリー神殿は全てのこの方針を支持しておられる』とステファナ様から伺いました」
 ラプラスの隣に立っていたマンフレートが訊ねた。「弁護人の方とはお話されたんですか?」
「いいえ。まだ相談には参っておりません。ですが、私のこの判断を支持して下さると思います。私はバソリー様とその教えに従い、正しいことを為そうとしているだけです。それがいけないのですか?」
 ラプラスは立ったまま腕を組んだ。
 ──着任早々大変なことになったな……。
 ナディール教団のような新興宗教団体への信仰が取り扱われる異端審問では、タンカード神殿とバソリー神殿から派遣されている司祭が告発人、他の神殿──現在のところは戦争神マレバスと技術神ナランド──から送られた司祭が弁護人を務めることが通例となっていた。この通例はバディル勅令公布以降厳格に守られていたが、今回の8人に対する異端審問によってその前例が破られようとしていたのである。アウトサイダーのままであったならばこの事態を気楽に見守ることができたラプラスであったが、現在の彼は異端審問所のインサイダーであり、気楽にこのまま見守ることは許されなかった。
「タンカード神殿の方々は?」マンフレートが続いて訊ねた。「例えば、あなたと御一緒に告発人の役をされることになっていたガーラル・シモンズ司祭はどう反応されたのです?」
「いえ、まだどなたともお話しておりません。御二人への御報告が最初なのです。無用な混乱は広げたくないものでして……」
 ──それはそうだろう。こんな話は前代未聞だからな……。
 ラプラスは2人の会話を聞きながら溜息を吐いた。
「オナシスさんの御意見は伺いました。では、オナシスさんは私達にどうしろと命令されるのです?」
「何もありません」アテナ・オナシスは首を横に振った。「私は御報告の為だけに参りました。最初にも申し上げましたが、私は無実の人間を有罪にするようなことに関わるつもりは一切ございませんし、それがステファナ様の御意志でありバソリー様の御意志でもあります。そのことをお知らせする為だけに参りました」
「分かりました」腕を組んで無言を守っていたラプラスが口を開いた。「御用件はこれだけですか?」
「はい。では失礼致します」
 アテナ・オナシスは深く一礼すると無言で書記室から退出した。3人の会話を見守っていた書記室員達は互いに顔を見合わせ、そして困惑した表情をラプラスとマンフレートに向けた。彼らは2人の言葉を求めていた。
「……どうします?」マンフレートが耳打ちした。
 ラプラスは席払いした後、職員全員に聞こえるよう大声で言った。「今の話は他言無用だ。私の指示があるまで決して外部に漏らすな。他の部屋の人間にも一切話すな。良いな?」職員達の反応を待たずにラプラスは命令を続けた。「我々の職業はあくまでも書記であって裁判官ではない。さあ、仕事を続けるんだ」
 職員達が指示に従って仕事に戻り始めたのを確認して、ラプラスは自分の席に戻った。そして、机に両肘を付くと深々と溜息を吐いた。「何てことだ……」
「今度の裁判はどうなるんでしょう?」
「以前はこんなことはあったのか?」ラプラスが逆に聞き返した。
「いいえ、全くありません。前例がありましたら、私もここまで悩まずにラプラスさんに解決策を提案しています。冤罪の疑いがあるという事例は、私が異端審問所で働いているうちに何度か登場しましたし、その時は弁護人と告発人が殴り合いそうになるほどの対立ぶりでした。ですが、タンカード神殿が起訴した事案に対してバソリー神殿が露骨に反対するのは初めてじゃないでしょうか? それも、アテナ・オナシス司祭が告発人からの離脱を宣言し、シルクスのバソリー神殿はそれを黙認するどころか、逆にステファナ様御自身の御手紙という形でそれを推奨している……」
「正常な状態ではないことは確かだな」
「ええ」マンフレートは頷いた。「首都シルクスの指示を仰ぐべきでしょうか?」
「ああ、そうして──」ラプラスは言いかけの言葉を飲みこむと、首を強く左右に振って発言を取り消した。「駄目だ。シルクスに知らせても解決にならんぞ」
「どうしてですか?」
「通産大臣からの手紙があっただろう?」ラプラスは懐から昼間に届けられたテュッティ・ナフカスからの手紙を取り出し、机の上に投げ出した。「これを読めば私の懸念も分かるはずだ」
「よろしいのですか? サロニア協約の──」
「構わん」ラプラスはマンフレートの懸念を一蹴した。「君さえ黙っていれば大丈夫だ」
「そうですか……。では──」
 マンフレートはテュッティ・ナフカスからの手紙を無言で読み、ラプラスはその様子を無言で眺めていた。途中までは繭1つ動かさずに手紙を冷静に読んでいたマンフレートも、中に書かれていた事実を知ると、「何てことだ」と小声で呟き目を大きく見開いた。手紙を持つ手も震え出している。
「理解できただろう?」
「ええ……」マンフレートは手紙を封筒の中に戻した。
 ラプラスは封筒をマンフレートから受け取り懐に戻してから、他の職員に聞こえないように小さな声で言った。「要するに、異端審問所を指揮すべき立場にある帝都シルクスのお偉方が、見事なまでに2つに分裂してしまっているんだ。タンカード神殿と、バソリー神殿のグループにだ。そして、中立を旨としていた内務大臣と皇帝陛下の仲裁も期待できない。内務大臣はこの手紙の仕掛人であるから言うに及ばず、皇帝陛下はタンカード神殿の枢機卿でもあるのだ。……これでは、シルクスに話を持ちこむのは無駄だろう?」
「そうかもしれません。でも、エブラーナをこのまま放置しても危険でしょう? 告発人となっている2名の司祭はともかく、裁判官6名に対しても、シルクスの総本山から政治的圧力が掛けられていると考えたほうがいいですよ」
「確かにそうだな」ラプラスは頷いた。「告発人側の裁判準備は停滞し、裁判官達は3対3に別れて互いに言い争う。現在の裁判長であるグレイブ・ゾーリア司教はタンカード神殿の出身者だから、判決そのものはゾーリア司教が裁判長の権限を使ってどうにでもしてしまえるが、そのことに気付いたバソリー神殿側が裁判長の交代を求める可能性があり、ここで混乱が発生すれば、第1回目の裁判すら開けなくなる……」
「これでは異端審問所の機能が停止しますね」
「だからといって、異端審問所の機能を再開させる為に、私がどちらか一方の神殿の肩を持って行動するわけにはいかん。異端審問は正常には行われるかもしれんが、国内に混乱と禍根を残すだけだし、私自身の安全も脅かされる」
「どうしてです?」
「『報復人事』という単語が世の中には存在するからな」
「確かにそうでしたね……」マンフレートは納得した表情を浮かべた。
「手を打たなければならないことだけは確かだが、中立的な行動を選択せねばならんしな……。どうしたものか……」ラプラスはそう言うと口を閉ざし、無言で職員達を眺め始めた。
 ──告発人の問題は簡単な解決策がある。慣例を破るだけだし、大したことではあるまい。しかし、裁判官達の間で深刻な対立が発生するのは避けられそうに無い……。異端審問所としての機能を維持した上で、8人に対する冤罪疑惑に公正な判断を下す為にはどうすれば良いのだ……? タンカードとバソリーの両神殿に属していない完全な中立の人間を裁判官にすれば……中立……?
 ラプラスの頭の中で事態を解決する妙案が出来上がった。彼の顔には思わず笑みが広がる。
 ──そうだった、あの神殿があったじゃないか!
 書記室長の表情の変化に気付いたマンフレートが訊ねる。「……どうされました?」
「答えが見つかった」ラプラスはマンフレートの肩を叩いた。「出発するぞ」
「出発……ってどこへです?」
「ゾーリア司教に会いに行くぞ」

4999年3月16日 19:29
シルクス帝国領エブラーナ、エブラーナ盗賊ギルド3階、裁判長室

 ラプラスは「裁判長室」と彫られたプレートが取り付けられたドアをノックした。
「どなたですかな?」室内からグレイブ・ゾーリア司教の声が返ってきた。
「書記室長です」
「どうぞ。鍵は開いてますよ」返事はすぐに戻ってきた。
 ラプラスはドアノブを回し、ゆっくりと執務室のドアを開けた。「失礼致します」
「おや、ラプラスさんですか」ゾーリア裁判長は椅子から立ち上がると、ラプラス達を立って出迎えた。「わざわざ3階にまで来て下さるとは、御苦労ですな。とりあえず、こちらにお座り下さい」
「では、お言葉に甘えまして」
 ラプラスとマンフレートは、ゾーリア司教が指し示した革張りのソファに腰を下ろした。ゾーリア司教は2人の反対側に置かれているソファの中央に座ると、3人に挟まれた応接用テーブルの上を手で示した。「まだ伺っておりませんでしたが……ラプラス教授はタバコはお吸いになるのでしょうか?」
「いいえ」ラプラスは首を横に振った。「私はタバコよりも酒のほうが性に合うものでして。そういう司教のほうはどうなのですか? 竜神タンカードの教義では、タバコは禁止されていないようですが……」
「私も駄目ですな。煙を吸い込むと考えると気分が悪くなりますな。ただ、客の中にはタバコが大好きだという方もおりますので、こうしていつも用意しておるのです」
「そうでしたか……。それでは、早速本題に入らせて下さい。最重要の案件です」
「何ですかな?」ゾーリア司教は体を前に乗り出した。
 ラプラスは一息置いてから言った。「《7番街の楽園》で逮捕された8人に対する異端審問が23日から開始されます。実は、その件に関しまして、つい今し方信じ難い話を伺ったのです」
「具体的には?」
「告発人の1人となる予定であったはずのバソリー司祭アテナ・オナシスさんが私のもとを訪れまして、首都シルクスからの指示とバソリー神殿における教義を理由にして、告発人としての裁判への参加を拒否すると発言したのです」
「……本当ですか?」温和な表情を見せていたゾーリア司教の顔が険しくなる。
「はい。しかし、もっと深刻な問題なのはその先です。首都シルクスから送られてきた指示の根拠となったのが、《7番街の楽園》で逮捕された8人は冤罪だったという情報です。バソリー神殿はそれを信じており──」
「待って下さい!」ゾーリアはラプラスを手で制した。「書類審査ということで私は起訴状に一通り目を通したのですが、私が見たところでは、8人は有罪の可能性が極めて高いと思われるのですぞ。数多くの目撃証言が存在しますからな。物証は得られておりませんが、告発人であるガーラル・シモンズ(タンカード神殿司祭)は有罪を確信しておるのですぞ。それが冤罪ですと……何かの聴き間違いではありませんか?」
「それが分からないから困っています」マンフレートが横から言った。「実を言いますと、冤罪の疑惑に関しましては、オナシスさんから10分ほど前に話を聞いたのが最初だったのですから、その真偽は全く確認できていませんし、本当にそのような噂が流れているのかどうかも分からないのです」
「それは参りましたなあ……」ゾーリア司教は白髪頭を掻きながら言った。
「8人が冤罪か否かは公平かつ公正な裁判によってのみ証明できると考えます」ラプラスが再び話し始めた。「しかし、オナシス司祭が告発人を拒否し、その指示がシルクスから出ていることが判明した以上、現在のままでは、その公平性と中立性も保てないと思われます。その解決策を話し合いたくてここに参ったのです」
「現在のままでも公平で──」
 ラプラスはゾーリアの言葉を遮った。「シルクスのバソリー神殿から、異端審問に参加しておられる3人の司教の方々に対し、政治的な圧力とか指示とかが全く出されていないとでも仰るのですか? 私にはとてもそう思えませんが……。それに、失礼なようですが、同様の疑念はシルクスのタンカード神殿にも当てはまることなのですよ」
 書記室長の言葉を聞き、グレイブ・ゾーリアは思わず息を飲んでいた。ラプラスの指摘通り、彼は前日の夜にシルクスのタンカード神殿総本山から「《7番街の楽園》で逮捕された8人は有罪に間違いない」と書かれた手紙が届けられていたのである。表現は穏やかであったものの、この手紙が「8人を有罪にしろ」と暗に指示していたことはゾーリア自身も感じ取っていた。そして、裁判官としての立場よりもタンカード神殿の一員としての立場をより重く考えていた彼には、この暗黙の指示を受け入れないという選択肢は考えられなかったのである。
 ──やはり当たっていたか……。
 ラプラスは言葉を続けた。「8人に対する審問を確実に遂行し、彼が本当に冤罪であるのかどうかを知る為にも、何らかの解決策が必要になります。政治的圧力によって審問の結果が不当に捻じ曲げられるようなことがあっては、逮捕された8人の利益だけではなくシルクス帝国全体の国益を損ないかねません。現在のままでは、異端審問所がタンカード神殿側とバソリー神殿側の2つに分裂し、最悪の場合は組織全体が機能停止に追い込まれかねません。アテナ・オナシス司祭の発言はその兆候です。それに、この問題が中立的に解決されなければ、タンカードとバソリーの両神殿の間に深刻な亀裂を生じかねません。この対立は両神殿にとっても長期的な損失に繋がってしまいますし、シルクス帝国全体の国益を損なうことは言うまでもありません。何よりもまずシルクス帝国の一員である私としては、帝国の国益を損なうような事態の進行を是が非でも食い止めなければなりません。あなたとて同様の義務を御持ちのはずです。今のままですと、あなた御自身の行動がシルクス帝国に害を為すことになるのですよ。あなたの行動がね」ラプラスは「あなた」の部分を強調した。
「……それで、どうされたいのですか?」
「ですから、今回の審問では、中立性の確保が極めて重大な問題になるのです。中立かつ公正な裁判によって出された結果でしたら、どちらの神殿も受容することができるはずです」
「……で、教授はその解決策を持っておられるのですか?」
「2つほどですが」ラプラスは頷いた。「まず、アテナ・オナシスさんの要求は受け入れましょう。その代わりに、現在の弁護人の方々のうち、どちらかを告発人に回して頂きます。その人選は聖職者の皆さんにして頂かないといけませんが」
「明日にでも会合を持ちましょう」ゾーリア司教は約束した。
「ありがとうございます。で、第2の解決策ですが……」ラプラスは声を落とした。「……実は、こちらのほうがもっと大変なのです」

4999年3月17日 06:35
シルクス帝国首都シルクス、6番街、倉庫街の某所

「──ここに──!」
「──退屈──に戻っ──」
「仲間が──んだぞ! 疑われてるじゃないか!」
「関係──とだろ!」
「『仕事』の引き上げが──何という真似を──!」
 ──え……朝から何なの……?
 ナターシャ・ノブゴロドは目を開くと、掛けられていた毛布を手元に引き寄せた。睡眠から覚めたばかりの彼女の頭はまだ朦朧としていたが、天井近くに開けられた窓から流れてくる冷たい空気が彼女の脳細胞を目覚めさせ始めていた。
「もういいじゃないか! 俺は『仕事』をしたんだ!」若い男性の大声が聞こえてきた。「これ以上関わりたくは──」
「関わりたくない、だと? 甘ったれた口をきくな!」組織のリーダー(とナターシャが判断していた)男性の大声が若者の言葉を制した。「お前は4個もの『商品』の『調達』に関わってるんだぞ! 今更身を引くったって、そんなに話が単純に進むと思っていたのか、この若造めが!」
 ──喧嘩みたい……でも、どうしたのかしら……?
 部屋の中から聞こえてくる女性達──失踪事件の被害者達の寝息や、倉庫の外から聞こえてくる港湾労働者達の喧騒を無視し、倉庫の中から聞こえてくる男性達の口論に耳を傾けた。壁などに隔てられていたため声は少しくぐもっていたが、何と言っているかは理解することが出来た。
「良いか、今すぐここを離れろ! シルクスから出るんだ!」リーダーが声を張り上げる。
「このアジトが1番安全──」
「若造に何が分かる!」
 リーダーの男性が怒鳴った直後、倉庫の中に鈍い音が響き渡った。そして、何者かが倒れる音がナターシャの耳に届く。
 ──拳を出したとは……深刻そうね……。
「もう1回言うぞ。シルクスから出て、エブラーナかレイゴーステム(帝国南西部の地方都市)に身を隠しておくんだ! 指示が出る前にシルクスに戻って来たら、お前の命が無いと思え!」
 男達の口論はこれで終わった。2人のうち片方──若者だろうとナターシャは思った──の走り出す音が倉庫内に響き、倉庫の出入り口の1つドアが開き、閉じる音がその後に続いた。残された中年幹部の男性の荒い息遣いだけが、薄暗い倉庫の中に響き渡っていた。
 ──何があったのかしら……? それに……そう、あの声には聞き覚えがあったんだけと……誰の声だったのかしら……? 起きてから考え直そう……。
 午前9時に予定された朝食の時間までもう一眠りする為、ナターシャは毛布を肩の位置まで引き寄せると再び目を閉じた。

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