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(22)
4999年3月27日 10:02(異端審問第3日目)
シルクス帝国領エブラーナ、エブラーナ盗賊ギルド地下1階、第1法廷
デスリム・フォン・ラプラスは、マンフレートの欠けている書記席を眺めていた。
──昨日は寒かったからなあ……。
エルドール大陸東方では「花冷え」とも呼ばれていた季節外れの寒波のために、マンフレート・セルシュ・ブレーメンが風邪をひいて異端審問所を欠勤していたのである。書記室員の話によると、マンフレートはこの時期になると必ずと言っても良いほど体調を崩しているらしい。運動能力と体の頑丈さにも定評があった彼に弱点があることを知り、ラプラスは驚きを禁じ得なかった。
──今日の夜にでも見舞いに行くとするか……。
ラプラスが視線を正面の繊維紙に戻した時、ゾーリア裁判長の声が聞こえてきた。「今から審理を開始します。本日は被告人1番のエブラーナ時代の起訴事実に関する尋問を行います。それでは、告発人は説明して下さい」
告発人席で、マレバス神殿司祭ブルーム・ライアンが立ち上がった。「まずは、起訴事実の再説明を行います」
彼はその後20分にわたって起訴事実の詳しい説明を行った。要約すると、以下の通りである。
(1)被告人1番(フォルティア・クロザック)は新太陽暦4988年10月頃から、被告人1番の父親及びザナッグ・ドーストンと同行して、エブラーナ市内にあるナディール教団の会合に顔を出していた。
(2)新太陽暦4989年1月7日に同被告が『セリア・キャスフォーク』の偽名を使ってナディール教団に参加した。
(3)エブラーナに住んでいた時、同被告の父親と共謀してザナック・ドーストンなど複数のナディール教徒を匿っていた。
書記としての自分の分担時間──20分が経過したラプラスは、裁判官席の脇の出入り口で待機していた書記室員に速記の記録を渡すと、厚いオーク材の扉にもたれ掛かり、腕を組んで裁判の成り行きを見守ることにした。審問第2日目に発見した「特等席」である。
「以上で終わります」ライアン司祭は告発人席に腰を下ろした。
それを確認してからゾーリア裁判官が口を開いた。「それでは被告人に質問します。今まで告発人が述べた行為及び事実について、これを認めますか?」
「いや」
彼女の明瞭な否定の返事に、法廷内がざわめいた。傍聴人はいないので、声を出したのは弁護人や告発人、そして裁判官達である。ラプラスもこの発言には驚かされたが、話し掛けるべき相手も見当たらなかったので、無言を守ることにした。
「前回の罪状認否では保留しましたが、今回は否定する、というわけですか?」
「ええ、そうよ。以後もこの主張を変えるつもりはないわ」
「分かりました」彼はそう言うと、木槌を2回鳴らした。「では、今から証人尋問を始めます」
法廷のドアがゆっくりと開き、盗賊風の男が法廷内を静かに入って来た。彼の両手は前に差し出されており、手のひらには通信用クリスタルが乗せられていた。彼は裁判官席と被告人席の中間の位置にある、小さな木製の台座の上に通信用クリスタルをゆっくりと置くと、現れた時と同様に静かに退出した。
「まずは告発人側の証人から始めて下さい」ゾーリア裁判長が命令した。
ライアン司祭は席を立つと、台座のほうへ近寄り、水晶球に手をかざし、短い古代語の文章を呟いた。次の瞬間、水晶球の中に別の法廷の映像が写し出される。「今から、リマリックの法廷にいる証人に対して訊問を行います」
ライアン司祭の用意した証人は、リマリックで保護観察処分中であった元ナディール教徒の中年男性である。逮捕された直後に棄教を宣言し、複数のナディール教徒の摘発に協力したことが認められ、大幅な減刑が実現した。書記室では「偉大なる棄教者」と揶揄されている。
「あなたがエブラーナ滞在中に見たことを話して下さい」
「はい」クリスタルの中の男性が話し始めた。「4993年の冬のことだったと思いますが、私がエブラーナのナディール教団の集会に顔を出していた時のことです」
「当時エブラーナに住んでいたのですか?」
「いいえ」男は首を横に振った。「私は生まれも育ちもリマリックです。故郷を離れて、冒険者としてエブラーナを拠点に活動していたのです」
「続きをどうぞ」
「そこで数人の女性が、ナディール教団特有の方法で祈りを捧げていたのですが──」
「特有の方法?」ライアン司祭が訊ねた。「実演できますか?」
「はい」
クリスタルの中の男は頷くと椅子から立ち上がり、表情1つ変えずにナディール教団の礼拝のポーズを繰り返した。何度も立っては正座に戻り、正座の時には幾度となく額を床に擦り付けるという独特の形式であり、ホーリーシンボルを有する神々──邪悪神も含む──では絶対に見掛けることのできない礼拝であった。ホーリーシンボルによる結び付きが欠けている分だけ、礼拝や教典など他の方法を使わないと教団の独自性を維持できない新興宗教団体の一面が現れていた。
「もう結構です。では、その続きを」
男は椅子に腰を下ろしてから言った。「この礼拝をしていた女性に、被告人のフォルティアさんがいたと思います」
「彼女ですか?」ライアン司祭が椅子に鎖で固定されたフォルティアを指さした。
「6年も経っているので顔の形が多少違いますが、間違いなく彼女です」
「見たことないわ、この人」被告人1番が鎖の音を立てながら言った。「会ったこ──」
「被告人は静かに」ゾーリア裁判長が彼女の言葉を遮った。
「間違いありませんね?」ライアン司祭がクリスタルに顔を近付けたて訊ねた。
「はい」男は頷いた。
「その他に彼女に会ったことは?」
「4995年春までエブラーナに滞在していたのですが、集会に顔を出す度に、毎回とても熱心にお祈りしていました」
「毎回!? 毎回いたのですか?」ライアン司祭は驚きを露にして訊ねた。
「ええ。それこそ毎日礼拝に来ていましたよ。とても熱心だったので、4994年8月には、私のほうから声を掛けたことがあります。とても親しく接してくれました」
「だからそんな人知らないって!」被告人1番が大声を上げた。
「被告人は静かに」ゾーリア司祭は木槌を叩いて被告人を静かにさせると、ライアン司祭に命じた。「続きを」
「分かりました。……質問を続けますが、4994年8月にあなたが被告人1番とお話した時、特に目立った行動を見せていた点とか、何か気付いた点はありますか?」
「1つだけ気になったんですが……」証人はここで言葉を切った。「私には色々なことを話をしてくれたのですが、自分の身元については決して話しませんでした。彼女が宿屋の1人娘だということを初めて知ったのは、4994年11月の大火の後、彼女が集会に顔を見せなくなってからのことでした」
男の証言を聞きラプラスは眉をひそめた。
──私が聞いてきた限り、フォルティア・クロザックの経歴には「傷」は付いていなかったはず。彼女がアジトにいたとすれば、なぜそれを隠したのだろう? 彼女がこの男に警戒心を抱いていた可能性が最も高いのだろうが……。
「その理由は分かりますか?」ライアンは質問を続けた。
「いいえ」クリスタルの中で首が横に振られた。「私にも教えてくれませんでした。結局は、『人それぞれの都合があるのだろうなあ』と考えて、それ以上は深く詮索しないことにしたのですが……」
「4994年11月以降、集会の場所以外で被告人に会ったことは?」
「全くありません」
「彼女が変装していた可能性はあるのでしょうか? 例えば、フォルティア・クロザック以外の女性が、盗賊の専門技能か呪文を使用して──」
「それは絶対にありません」男は首を強く横に振った。「ナディール教徒が教団の施設にいる時や、教団の集会が行われている時には、外を出歩く時に使用した変装などを、全て外さなくてはならないことになっています。こうしないと、組織の団結と相互信頼を維持できませんからね」
「変装した時の彼女の姿を御存知ですか?」
「いいえ。彼女と話をしたのは、集会と教団アジトの中だけでしたから」
「では、最後にもう1つ伺います。男性が礼拝に同伴していたことはありますか?」
「はい」男は頷いた。「確か、2人でした。月に2〜3回くらいは来ていたと思います。彼らの素姓も、彼女は教えてくれませんでしたが、彼女は2人のうち1人には『お父さん』と、もう1人には『ザナッグさん』と呼び掛けていました。ですから、私は彼の知人か何かなのだろうと思っていました」
「ありがとうございました」彼は裁判官席のほうへ向き直った。「以上です」
ライアン司祭が席に戻ったのを確認してから、ゾーリア司教が命令した。「続いて弁護人側の反対尋問を行って下さい」
弁護人席から立ち上がったのは、技術神ナランドの神殿から派遣されていたラム・キエフ司祭であった。28歳になる彼は、今回の《7番街の楽園》事件が異端審問初参加である。
「えーと……」キエフ司祭は戸惑いながら質問を始めた。「確か……被告人1番に会ったことがあると仰いましたね?」
「はい」クリスタルの中の男は頷いた。
「7年も経って顔の形が多少違うとのお話でしたが、それについて詳しく教えて頂きませんか?」
「そうですね……」証人は5秒ほど考えてから口を開いた。「まずは髪型ですね。当時の髪ははかなり短く、肩にも届いていなかったと思います。それから、当時は今よりも肉付が良かったと思います」
「つまり」キエフ司祭はクリスタルから少し離れた。「あなたが会った人物は、現在の被告人1番よりも太っていたのですか?」
「はい。ここでクリスタル越しに姿を見た時も、『ああ、痩せたんだな』と感じました」
「別人だとは思わなかったのですか?」
「いや、顔は当時の面影をしっかりと残しています」
「そうですか……」キエフ司祭は歩きながら質問を続けた。「次の質問に移ります。……えーと、そうでした、被告人らしき女性が礼拝していた時に、大人の男性が2名同伴していたことがあると仰いましたね?」
「はい」男は頷いた。
「では、単刀直入に伺います。これらの似顔絵の男性が同伴したことは?」
キエフ司祭はそう訊ねながら、証人に2枚の似顔絵を見せていた。似顔絵に描かれていたのは格闘家ザナッグ・ドーストンと、被告の父親と思われる男性の顔であった。絵の上手な人間に書いてもらったのだろうか、細部まで細かく描き上げられている。
「こちらは間違いなく来てましたが」ザナッグの似顔絵を指差してそう言った後、彼は被告の父親の似顔絵を指差してこう続けた。「こちらは来ていませんでしたね」
「本当ですか?」キエフ司祭は念を押した。
「似た顔の人物なら見たことがあります。しかし、これは別人ですね。ほくろの位置や顔の骨付きが全然違います。後の部分はほとんど同じですが」
「記憶力に自信はありますか?」
「こう見えても、冒険者時代は盗賊をしていましたから、顔の記憶には自信があるんです」
告発人達の顔色が変わるのが、10m以上離れた場所から裁判を眺めていたラプラスにもはっきりと分かった。一方、弁護人席に残されていたアテナ・オナシス司祭の顔には笑みが広がる。
──こいつは面白い。
骨格を他人のものに見せることは、変装程度では実現不可能な話である。橙系統呪文を使用しなければ骨格を誤魔化すことはできないのであるが、これまでに提出されていた裁判資料によると、被告の父親は呪文を全く使えなかったと考えられているのだ。また、ナディール教団の規則として、集会参加時やアジト内での行動時には、変装や幻影は全て解除せねばならなかったのである。そのことを考え合わせれば、アジトに現れていた父親風の男性は、フォルティア・クロザックの実の父親ではないこととなる。
キエフ司祭は満足げに頷くと、裁判官席のほうを向いた。「私からは以上です」
この後、告発人達からの証拠提出が行われた。《7番街の楽園》のカウンターで見つかったナディール教の経典など、彼女のナディール信仰の裏付けとなる品ばかりであった。しかし、バソリー神殿や警視庁の人間達は、これらの証拠品は全てタンカード神殿側の捏造だと考えており、弁護人達からは早速「証拠品として採用しないように」との申し立てが出された。だが、これらは全てグレイブ・ゾーリア裁判長の職権によって却下された。この対応にはバソリー神殿の司教達も不満の声を上げたが、中立を維持しているキャサリン・グリーノックが証拠としての採用を認めたことを根拠にして、ゾーリアが不満の声を抑えつけたのである。
「では、被告人1番に対する第3日目の審理を終了します」
ゾーリア裁判長の指示に従って無理矢理退出させられるフォルティア・クロザックを眺めながら、ラプラスは裁判の結果を「採点」した。
──弁護人に得点2、告発人に得点1。
4999年3月27日 13:33
シルクス帝国首都シルクス、2番街、シルクス警視庁地下1階、第2会議室
「収穫は?」サーレントは眠たそうな瞳をデニムとセントラーザに向けた。
「ゼロでした」デニムは首を横に振った。「《ブルーエルフ》での家宅捜索は午前6時から始まったんですが、中から見つかった書類にやましい物は何1つありませんでしたよ。詳しいことはまだ分かりませんが、僕達が探そうとしていた来店記録は無くなっていました。店員達も『そのような物は知らない』と口を揃えて話しています」
「絶対に嘘だな」
「私もそう思います」セントラーザが頷いた。
「結局、僕達のチームが《ブルーエルフ》から押収できたのは、店の帳簿や仕入データだけでした。これらも結局は店に返却することになるでしょう。問題の来店記録は暖炉で燃やされ、今頃は《ブルーエルフ》の観葉植物かシルクス郊外の畑の肥料になっているはずです。その証拠に、あの店の暖炉からは紙の燃え滓が見つかっていますし、店の中の観葉植物に灰が加えられたのも分かりました。店の人間は『暖炉を使って何が悪い』と話していたので、それ以上追求することはできませんでした」
「暖炉か……もっと早く気付くべきだったかな……」サーレントは溜息を吐いた。
「それはそうと、サーレントさんのほうはどうでした?」セントラーザが質問した。
「店主のダリル・ギスティムの自宅か? 全然駄目だ」サーレントは首を横に振った。「店のほうと大して変わらん。《ブルーエルフ》の来店情報のような重要書類は1枚も見つからなかったぞ。ダリル本人から話を聞き出したんだが、事務的な書類は《ブルーエルフ》に保管しているらしい。『帳簿は1枚たりとも家に持ち帰っていない』とはっきり言いやがった。その口振りも自身満々だったな。その代わり、先代店主のエルフから受け継いだとかいうチーズ料理のレシピとかなら掃いて捨てるほど見つかった。俺の女房かセントラーザの母さんが見たら泣いて喜びそうな品物だが、今の俺達には何の意味も無い」
「これだと、手伝ってくれた捜査官や兵士達の苦労も水の泡になっちゃうじゃないの……」セントラーザの口調には残念さと悔しさが滲み出ていた。
「ああ。それに、フォーリー夫妻の自宅は家宅捜索どころじゃないしな」
サーレントの言葉が終わった時、フォーリー邸の現場検証を指揮していたカルナス警部補が姿を現した。「今終わった」
3人に近付いて来るカルナス警部補にサーレントが訊ねた。「どうだった?」
「眠らされたところを鋭利な刃物で一掻き……というところかな。死因は首からの失血死だろう。凶器は現場に転がっていた。カタールと呼ばれる湾曲した片刃剣だ。この他には、犯行現場には手掛かりとなるような品物は何1つ見つかっていない。無論、《ブルーエルフ》に関する書類は全て無くなっている」
「付近の住民で物音を聞いた人はいたのでしょうか?」デニムが訊ねる。
「ドアの開閉音や戸棚の開閉音などは聞こえたらしい。しかし、悲鳴は誰も聞いていなかったようだ。おそらくは、橙系統呪文か吸引性の毒物で眠らされたのだろう。それから、犯人達の足跡だが、血の足跡は玄関まで続いていたが、玄関の外でなくなっている。屋内は素足で移動したんだろう」
「これが『奴』の仕業だとしたら……到底許すことはできんな」サーレントは第2会議室を見回し、問題の人物がいないことを確認してから言った。「反撃するぞ」
「反撃、ですか?」デニムが聞き返した。「反撃したいのは僕も同感ですが……どうするんです? 何から始めます? そもそも、反撃する相手がまだ特定されてないんじゃないですか?」
サーレントはデニムの疑問には答えなかった。「俺とセントラーザとデニムは今から4階に行き、警視総監閣下と直談判する。カルナスはここに残って、俺達の代わりを務めてくれ。『3人は私用で席を外しております』とでも言っといてくれ。『奴』の目を欺き直談判の時間を稼ぐ為には、お前に協力してもらうしかないんだ。連続女性失踪事件の解決を邪魔する『奴』をすぐに排除しなきゃならんのだぞ。お前も協力してくれ、頼んだぞ」サーレントはそう言ってカルナス警部補の肩を叩いた。
「……『奴』って誰だ?」カルナス警部補は小声で訊ねた。
サーレントはカルナス警部補の耳元で囁いた。「レイモンド・フォン・ビューローだ」
4999年3月27日 13:40
シルクス帝国首都シルクス、2番街、シルクス警視庁4階、警視総監執務室
ナヴィレント・ティヴェンスは、執務室のドアを繰り返して叩く音を聞き、机の上の書類から目を上げた。
──ラマン秘書官はこのような乱暴なドアの叩き方はしないはずだが……。
「閣下!」ドアの向こう側から男性の声が上がった。「大至急お耳に入れたいことがあります! 極めて重要な案件です!」
「鍵は開いているぞ」ティヴェンスは椅子に腰掛けたまま答えた。
「それでは失礼します!」
ドアが勢いよく開かれ、執務室内に2人の男性と1人の女性が入って来た。3人はティヴェンスの机の前に並ぶと、もたつきながら敬礼のポーズを取った。そして、最年長と思われる男性が口を開いた。「私はサーレント・スレイディー警部補、連続女性失踪事件及びカッセル姉妹殺人事件の捜査の任に当たっている者であります。そして、隣はデニム・イングラス事務官とセントラーザ・フローズン巡査、私の良き部下達であります」
ティヴェンスは椅子から立ち上がって敬礼した。「楽にして構わないぞ。……とりあえず、君達3人の話はキロス・ラマン秘書官から聞いている。リデル・ベント巡査の殉職では色々と大変だったそうだな。特にフローズン巡査は彼と親しかったそうだから、さぞ心を痛めたことだろう……。御遺族のことは私に任せてくれ」
「ありがとうございます」セントラーザが言った。
「それから、イングラス事務官」ティヴェンスはデニムのほうを向いた。「なかなか耳が痛い意見だったぞ、あれは」
「申し訳ありません。お気に召されませんでしたか?」デニムが躊躇いがちに訊ねた。
「いや、そんなことは無いぞ。上司批判をはっきりと言える人間がいないと、組織というものは駄目になるからな。少なくても、根拠のある批判だったら、私はどんなに耳が痛い意見だろうがしっかりと聞き届けるつもりだ。君が気にする必要は無いんだぞ」
「恐れ入ります」
「さて、と……」警視総監は正面に立つ警部補のほうを向いた。「そろそろ本題に入るべきだな。ラマン秘書官を飛び越えて私に話を持ち込むということは、かなり深刻なことだろう? この他にも、8番街で発生したフォーリー夫妻殺害の捜査にも携わらねばならんからな、あまり時間は割けないぞ」
「はい」サーレントは頷いた。「私が捜査に参加しております連続女性失踪事件に関し、極めて重大な問題が発生している可能性があることを申し上げる為に、ここに参りました。それから、本日未明に発生しました8番街での殺人事件の犯人に関する情報も含まれています」
「ほう……具体的には?」ティヴェンスは表情を崩さずに訊ねた。
サーレントは一息入れてから明瞭な言葉で言った。「連続女性失踪チームの中に、犯人達に情報を漏らしている者達が存在します。そればかりではなく、その者達は犯人達と共謀し我々の捜査を幾度と無く妨害している可能性もあります」
その言葉を聞き、デニムとセントラーザは驚きを隠せなかった。彼らにとっても、この話は初耳だったのだ。執務机の反対側に立っているティヴェンス警視総監は、眉を僅かに動かすだけの反応を示した。「……聞き捨てならないな。それで、共謀している疑いのある者はどれだけいるのかね?」
「数の特定は進んでおりません」
「それでは憶測に──」
「ただし」サーレントは警視総監の言葉を遮った。「共謀の首魁である人物は特定できています。レイモンド・フォン・ビューロー警視──連続女性失踪事件の指揮官です」
「ちょっと待って下さい、先輩」デニムが抗議の声を上げた。「いくらなんでも、それは無茶苦茶な──」
「俺の考えが無茶苦茶なのかどうか、それを考える為にここに来たんだ」サーレントはあっさりと言った。「以前話した話、覚えているか? 『警視庁の動きが見透かされている』ってこと。あの理由を慎重に考えたらこの結論に落ち着いたんだ」
「長い話になりそうだな」警視総監が言った。「とりあえず、スレイディー警部補の推論を聞いてみようではないか。そこの応接用の椅子に腰を落ち着かせよう。それから、ラマン秘書官も呼んだほうが良いと思うかね?」
サーレントは数秒間考えた後、頷いた。「お願いします」
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