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4999年3月28日 12:09
シルクス帝国首都シルクスの北21km、クラム村、宿屋《シガレット》1階

 シルクスとミーダントを結ぶ大街道から少し離れた場所に位置するクラム村は、タバコ畑の中に作られた小さな村である。住人達の唯一の収入源はタバコの生産であり、彼らは毎日のようにタバコ畑での農作業とタバコの生産に追われていた。そんな村人達の必至の努力と、リマリック帝国大学と通産省によって推進された品種改良の甲斐が実り、クラム村で生産される巻きタバコは、豊かな味わいで国際的にも非常に高い評価を獲得していた。一部の国では、「クラム」という固有名詞が巻きタバコの一般名詞としても使われていた。
 そんなクラム村で唯一の宿屋である《シガレット》の宿泊客は、外国のタバコ商人やシルクス帝国通産省から派遣された職員で占められている。タバコに縁の無いザール・ボジェット・フォン・シュレーダーは、明らかに周囲の客から浮いた「目立つ」存在であった。変装はしっかりと施されているとはいえ、「誰かに自分の変装を見破られるのではないか」という不安感は、ザールの心の中で日に日に膨らみつつあった。
 ──この村からもそろそろ逃げ出さなきゃならんか……。しかし……シルクスで警視庁の人間を殺したのは間違いだったな……。
 彼が逃避行を余儀なくされている直接の理由は、帝都シルクスで警視庁の巡査リデル・ベント──ザールは彼の名前を知っているはずがない──を殺害したためであった。これまではただの参考人であった彼は殺人犯に「格上げ」され、シルクス帝国全土に指名手配されていた。この危機的状況を打開するためには、シルクス帝国と友好関係にはない国へ逃亡する方法だけしか残されておらず、彼は陸路で北──テンバーン王国へ逃げることに決めたのである。
 彼が溜息を吐きながら店内を見回していたところに、《シガレット》のウェイターの男性が現れた。「お客様?」
「……何だ?」ザールは口数少なげに答えた。
「相席となりますが、よろしいでしょうか?」ウェイターはザールの正面の空席を指差して質問した。
 ザールは無言で頷いた。それを確認すると、ウェイターは1階の玄関で待っていた男性をザールの正面の空席に誘導した。男性は無言でザールの正面に腰掛けて挨拶した。「こんにちわ。私はシルクス帝国通産省のタバコ部外国取引課で課長をしているシルヴァイル・ブロスティンです。よろしくお願いします」
「……ああ」ザールは頷くと、正面に座る男性から目を離した。
 ブロスティンが腰掛けてから20秒ほど経ち、2人の所へウェイターが水の入ったコップを持って現れた。彼はザールと男性の正面に木のコップを置くと、丁寧な物腰で訊ねた。「御注文はいかがなされますか?」
「……B定食を大盛りで」ザールは口数少なく答えた。
「A定食をお願いします」ブロスティンの丁寧な物腰は変わらなかった。
「少々お待ち下さい」ウェイターは頭を下げると、早足で厨房へ戻って行った。
 ──そろそろ潮時か……。
 ザールが溜息を吐いた時、ブロスティンが声を掛けてきた。「どうされたんです?」
「……いや、何でもない」ザールは嘘をついた。
「旅の方ですか?」
「まあ……そんなところだ」ザールは頷いた。
「しかし、ここはタバコ畑以外何も無い所ですよ」ブロスティンは店内を見回して言った。「毎年、大勢のタバコ商人達はここにやって来るんですが、その他には誰も寄り付かない所です。商人の護衛の方ですか?」
「……は?」突然出された助け舟(?)に戸惑ったザールだったが、気を取り直すと頷いて答えた。「……うん、まあ……そんなところだな」
「そうでしたか……」通産省の敏腕官僚は相槌を打ったが、心の中では眼前の男に対して疑念を抱き始めていた。
 ──何か受け答えが変だ……。絶対に何かを隠している。いくつか訊ねてみよう……。
「ところで……」ブロスティンは躊躇いがちに訊ねた。
「まだあるのか?」ザールは面倒そうに応える。
「参考程度にお訊ねしたいのですが、あなたはどちらの商人の方の護衛をしておられるんでしょうか?」
 通産省タバコ部外国取引課長の質問を聞き、ザールの表情が固まる。課長はこの表情の変化を見逃さず、丁寧な口調を変えないで質問を繰り返した。「どの商人の方の護衛なんでしょう?」
 ザールは慌てて1階に並ぶ人々を見回すと、その中で最も身形の良さそうな人物を指差して言った。「あの方だ」
「そうですか……分かりました」ブロスティンは頷いた。「聞きにくいことをお訊ねして、誠に申し訳ありませんでした」
 ──これは危険だ……。今すぐここを離れなければ……。
 ザールは決心を固めると、脇に置かれていたバックパックを持って唐突に立ち上がった。通産省の課長はその行動に不審を抱き、ザールに質問した。「どうされたんです?」
「……急用を思い出した」
 ザールはそれだけ言うと席を離れ、早足で《シガレット》の1階玄関から外へ出た。そして、周囲に兵隊や冒険者の姿が見当たらないことを確認すると、彼はバックパックを持ち直し、小走りでクラム村のタバコ畑の中へ入って行った。
 一方、店内に残されていたシルヴァイル・ブロスティンは、ザールが店の玄関から出た直後に席を立ち、ザールが「この人物が雇い主である」と指差した人物に歩み寄った。「村長?」
「ん? どうされました?」クラム村の村長を務める初老の男はブロスティンに訊ねた。
「たった今、店を出て行った人物の追跡をお願いできますか?」
「あの男がどうかされたのですかな?」
「正体が誰だかは分かりませんが、明らかに嘘をついています。犯罪者の可能性が高いと思われます故、大至急、村人と護衛達の手配をお願い致します」
「間違い無いのですかな?」村長は聞き返した。
「はい」ブロスティンは頷いた。
 村長は無言で頷いた後、課長に聞き返した。「増援は必要でしょうか?」
「今のところは大丈夫でしょう」ブロスティンは首を横に振った。「ただ、シルクス警視庁には報告を入れておいても良いかと存じます」

4999年3月28日 12:15
シルクス帝国領クラム村、タバコ畑

 クラム村のタバコ畑を掻き分けて走るザールの背中から、クラム村の半鐘が鳴らされる音が聞こえてきた。ただ単調に繰り返される鐘の音が何を意味しているのか、3月20日からこの村で生活していたザールは十分に理解していた。村の中で犯罪者が見つかったために、村民が総員を挙げて犯罪者の逮捕に動き出したのである。
「くそっ! だからシルクスの中のほうが安全だったのに……!」
 ザールは悪態をつくと、背負っていたバックパックを地面に落とし身軽になると、全速力でタバコ畑の中を走り出した。走っている最中に、彼は腰からロングソードを抜き右手に握らせる。辺りを見回すが、農作業中の村人は数えるほどしか見当たらず、彼らも突然打ち鳴らされた鐘に戸惑いを隠せなかった。
 ──とにかく逃げ続けなければ……。
 ザールは首を動かして、後方300mにまで遠ざかったクラム村の様子を観察した。人影が動いているようだが、今のところはザールを追跡するだけの態勢が固まっていないようであった。彼は心の中でほくそ笑み、心の中で勝利を確信した。
 ──このままなら、この村からは安全に逃げ出せそうだ……。

4999年3月28日 12:16
シルクス帝国領クラム村、宿屋《シガレット》前

 集められた村人とタバコ商人の護衛達を前にして、シルヴァイル・ブロスティンは大声で言った。「皆さん、よろしいですか! この宿屋から逃走した謎の男を捕まえて、ここに連れて来て下さい! 彼がどういう人物であるかはまだ不明ですが、自分の経歴を偽って行動していたことだけは確かです! 犯罪者の可能性が高いですので、油断しないで下さい!」
「殺しちゃ駄目なのかね?」タバコ商人の護衛である男性の老魔術師が訊ねた。
「できる限り生かしたまま捕まえて下さい、お願いします! では、始めて下さい!」
 ショートソードや鉄製の桑などで武装した農民達と、鋼鉄製の武器・防具で全身を固めた護衛達が、タバコの葉を傷付けないように注意して走りながら、逃げていく男を追跡する為に移動を開始した。前方で逃走する男──ザールはタバコ畑を踏み荒らしながら走り続けていたため、村人達は足跡や折れたタバコの茎などを見て彼の足跡を容易に追跡することができた。そして、自分達の畑を踏み荒らした許し難い「犯罪者」に対して強い憎しみを抱いたのである。
 村人達が行動を開始したのを確認して、ブロスティンは隣に立っていた村長に訊ねた。「馬の用意はいつ頃整いますか?」
「さて……20分もあれば大丈夫かと存じます。馬の乗り手のほうでしたら、商人達の護衛の中で乗馬の得意な者が見つかりましたので、その者に任せたいと思います。雇い主の了承は得ております」村長はそう言って隣に立つ女性を手で示した。短く髪を切り揃えられた軽戦士の女性は無言で頷く。
「馬の用意が整い次第、シルクス警視庁のほうへ向かってもらいますが、よろしいですか?」
「うん。あたしに任しといて!」
「頼みましたよ」
 ブロスティン課長は目をクラム村のタバコ畑に戻した。逃走中の男性を追跡する村人達は、自分達の大切な作物を傷付けないように注意しながら移動していたため、その速度は満足できるものではなかった。
 ──追跡が失敗したとしても……遺留品が見つかれば良いのだが……。
 ブロスティンが目を左右に動かし、辺り一面に広がる煙草畑を眺めていると、追跡中の村人のうち数人が宿屋《シガレット》のほうへ駆け寄って来るのが見えた。その背中には、バックパックらしき物が背負われている。
 村人達が《シガレット》に到着してから、ブロスティンは村人達に訊ねた。「犯人の遺留品ですか?」
「そう……だろうな」村人の1人が息を切らしながら頷いた。
「早速開けて、中を見ましょう」村長は地面に置かれたバックパックの口を縛っていた紐を素早く解き、中に入っていた品物を地面の中に広げて見せた。
「長旅用の装備ですな」ブロスティンが品物を眺めながら言った。「保存食が2、3、4……6日分。水袋、着替え2着、毛布、食器、松明が……3本に、火打石。それと……これは何だ?」彼は荷物の中から鬘を拾い上げた。
「変装用じゃないの?」軽戦士の女性が声を上げた。「他にも化粧品とかもあるから……多分そうだと思うけど」
「なるほど……」ブロスティンは鬘を地面に置いた。
「冒険者の方はいつもこんな物を持ち歩いているのですか?」村長が女性軽戦士に訊ねた。
「そういうことは無い……と思うけど。盗賊か犯罪者だったら持ってるかもしれないけど、私はそういった人達じゃないから、そんなこと聞かれたって分からないわよ」
 3人と一緒に荷物を調べていた村人──バックパックを持ち込んだ人物が声を上げた。その手にはしわしわになった繊維紙が握られていた。「村長! これを見てくれ!」
「どうしたのかね?」村長は紙切れを持った男に歩み寄った。
「何か書いてある! 俺は読めんから、代わりに読んでくれ!」
 村長は懐から老眼鏡を取り出して掛けた後、皺によって破損が激しくなった繊維紙を観察した。「領収書……?」

領収書 ザール・ボジェット・フォン・シュレーダー様

  88リラ

 上記金額を確かに領収致しました。
 またの御来店を心より楽しみに御待ち申し上げます。

新太陽暦4997年4月30日 イエローリボンガーデン


 村長は目を動かしながら言った。「ザール・ボジェット・フォン・シュレーダーという者が、97年4月30日に《イエローリボンガーデン》で88リラの買い物をした、ということが書かれているようだが……」
「ちょっと待って!」女性軽戦士は大声を上げると、慌てて《シガレット》店内へと消えて行った。約30秒後、店前で待つ男達の所に現れた彼女の手には、1枚の羊皮紙が握られていた。「こいつのことじゃないの!?」
「どれどれ……」羊皮紙を受け取ったブロスティンの顔色が変わる。「──殺人犯か!」

シルクス帝国にお住まいの皆さんへ

 我がシルクス警視庁は、3月17日付で、同日午前に8番街で発生しましたリベル・ベント巡査殺人事件の犯人(現行犯)として、ザール・ボジェット・フォン・シュレーダーを指名手配しました。同容疑者は、3月10日に7番街で発生した若い男性2人の殺人事件の重要参考人でもあります。そこで、現在、警視庁は同容疑者の所在に関する情報の提供を皆さんに呼び掛けています。もし、皆さんが提供して下った情報が、容疑者犯人に役立てられた場合、情報を提供して下さった方には、最高20000リラの報奨金をお支払いしたいと思います。
 皆さんの御協力をお待ちしております。

4999年3月18日 警視総監 ナヴィレント・ティヴェンス


 村長も羊皮紙の情報を確かめていた。「間違い無い……同じ名前の人物です」
「我々だけでは対処が難しそうですな」
 ブロスティンの言葉に村長が頷いた時、宿屋前に馬のいななきと村民の声が聞こえてきた。「馬の準備ができました!」
「了解!」ブロスティンは頷くと女性軽戦士のほうを向いて言った。「大至急シルクス警視庁へ行って、捜査官や援軍の派遣を要請して下さい!」
「相手から理由を聞かれたらどうするの?」
「『警官を殺した大蔵大臣の馬鹿息子を発見した』とでも言って下さい!」
「オッケー!」彼女は頷くと、用意された馬の背中に素早く跨った。そして、村民から手渡された鞭で馬の尻を叩き、馬を出発させた。

4999年3月28日 13:09
シルクス帝国領クラム村、村外れの森林地帯

 ザール・ボジェット・フォン・シュレーダーの逃走劇は更に続いていた。タバコ畑を容赦無く踏み荒らすことによって辛うじて追跡を振り切った彼は、クラム村の外れに鬱蒼と茂る森に分け入り、暖かい木漏れ日が差し込む小道を走り続けていた。東に続いていると思われるこの小道を進めば、目的地である街道へと脱出できるはずであった。
 ──街道に出たら、ミーダントではなく別の山に逃げ込んでやる。
 彼は立ち止まって周囲を見回した。微風に吹かれて新緑の青葉が擦れ合う音と小鳥達のさえずり、そしてザール自身の荒い息遣いだけが聞こえる。彼を追跡している村人達の姿はどこにも見当たらなかった。
 ──ふう……。これで助かった……おや?
 彼の視界の端、林の背後に、丸太組みの小屋の姿が目に入った。その周囲に人影は無い。
 ──多分、猟師の家だろうな……。食べ物を分けてもらうか……。
 ザールはロングソードを鞘に戻した後、丸太組みの小屋へ近付いた。質素な造りの小屋の中からは誰も出て来ない。ザールは周囲に誰もいないことを再確認すると、小屋の玄関まで静かに歩み寄り、ドアを3回ノックした。数秒後、ノックに気付いた住人──男性が中から質問した。「誰だ?」
「旅の者です」ザールは丁寧に答えた。「路銀が尽きて困っております。1日分で構いませんから、食料を分けて頂けませんか?」
「しばし待て」
 5秒後、小屋の扉が内側から開かれ、鼻髭と顎鬚を生やした男性が顔を出した。「誰だ?」
「旅の者です。食料を分けて頂けませんか? お願いします」
「乾パン程度しか無いぞ。それでも良いのかね?」
「はい! お願いします!」ザールは深々と頭を下げた。バーゼルスタッド・フォン・シュレーダーの元を離れてから、彼が謙虚な態度で人に接したのは久し振りのことであり、そのことをザールは心の中で意外に思った。
「少し待っておれ」男性はドアを閉めた。約1分後、小屋のドアを開いた男性は、麻製の布袋をザールに手渡した。「……中身は乾パンだ。3日分入ってる」
 ザールは乾パンを受け取ると、深々と頭を下げた。「ありがとうございます!」
 そして、丸太小屋の扉が閉められた。彼は乾パンの袋を左手に持ち、小道を東の方角へと歩き始めた。だが、1分も歩かないうちに足を止めてしまった。頭の中に浮かんだ疑念が膨らみ始めたのである。
 ──街道……街道に出ても、警視庁とかの追っ手に見つかるかもしれない。今はいいかもしれないが、絶対にどこかで俺のことが見つかってしまうはず……。だったら、道無き道を逃げ続けないと逃げられない……。
 彼は辺りを見回していたが、やがて小屋の北側に広がる森の中へ続く小さな山道──ほとんど獣道と一緒である──を発見した。彼は周囲に人間の気配が無いことを確認すると、獣道を通って森の中へと消えて行った。

4999年3月28日 15:23
シルクス帝国首都シルクス、2番街、シルクス警視庁地下1階、第2会議室

 ザール・ボジェット・フォン・シュレーダー発見の一報が警視庁にもたらされたのは、クラム村で彼が発見されてから約3時間経過した後であった。彼らにとっては仲間の仇である人物を捕捉できたことに、シルクス警視庁の第2会議室は静かな興奮に包まれていた。
「本当なのか?」ラマン秘書官は情報を伝えてきた事務官に訊ねた。
「はい。今日の正午頃のことです。クラム村のほうでも捜索活動を展開しているそうですが、ザールが逮捕されたのかどうかはまだ分かっておりません。クラム村の村長と、同村に滞在している通産省タバコ部外国取引課長が、捜索活動の補助として、警視庁からの人員派遣を要請しております」
「そうか。御苦労だった」ラマンは事務官を下がらせた後、腕組みをして無言で考えた。
 ──ザールが見つかったとなると、逮捕までは時間の問題か……。ただ、奴も馬鹿というわけではないからな。シルクスとミーダントを結ぶ街道の東側に逃げられたら、どれだけの兵士を動員したとしても捜索は困難になる……。街道の東側に少しでも足を踏み入れたら、そこはもう森林地帯……。人間が誰も住んでいないとはいえ、鬱蒼と茂る森の中の捜索は困難であるし危険でもある……。人間だけではなく、モンスターを敵にせねばならないからな……。
 ラマンは首を横に振った。
 ──だからったって、モンスター怖さに誰も派遣しないのはまずいし……どうしたものか……。
 深く考え込んでいたラマンの耳に女性の声が聞こえてきた。「ラマンさん」
「……ああ、フローズン巡査か」ラマンはセントラーザのほうを向いた。
「逃走中のザール・シュレーダーの件ですけど……私に任せて頂けませんか? 私の手でザールをとっ捕まえたいんです」彼女はラマンの目を見つめながら直訴した。「リデル・ベント捜査官の仇を、この私の手で討ち果たしたいんです。彼は私の手の中で息を引き取ったんです……。『妻と子供を頼む』と言い残して……。無理なお願いかもしれませんが、この私に仇を打たせてくれませんか? お願いします!」彼女は頭を下げた。
 ラマン秘書官はセントラーザの瞳を見つめ、彼女の強い決意を感じ取った。そして、軽い溜息を吐きながら訊ねた。「私がそれを拒否したとしても、それを無視して1人でクラム村に出向くつもりなのだろう?」
 彼女は躊躇わずに答えた。「はい」
「……ならば決まりだな。君のクラム村行きを許可しよう」
「ほ、ほんと──」
「ただし、条件が2つある」ラマンはセントラーザの言葉を遮った。「まず、タイムリミットは10日間だ。連続女性失踪事件の捜査も順調に進み出した今、部下を長期間別の場所に派遣することはできない。その部下達が優秀な者だったらなおさらだ。もし、4月8日の午後6時までにザールを逮捕できなかったら、一旦警視庁に戻って来い。シルクスで連続女性失踪事件の手伝いが必要になるからな。良いか?」
「……分かりました」セントラーザは不承不承といった表情で頷いた。
「もう1つの条件だが、君1人だけを派遣するわけにはいかない。山狩りを行うことになる以上は、それなりの人数をクラム村に派遣せねばならん。そういうわけでだ──」ラマン秘書官はそう言うと第2会議室を見回し、目的の人物を見つけると大声で呼んだ。「イングラス事務官! スレイディー警部補! こっちに来てくれ!」
 デニムとサーレントは突然の呼び出しに驚いた表情を浮かべながら、セントラーザ達のところに現れた。そして、サーレントが訊ねた。「どうされたのですか?」
「彼女と一緒にクラム村まで出向いてくれ。クラム村の近くに隠れているザール・シュレーダーを、君達3人の手で逮捕してもらいたいのだ。タイムリミットは4月8日の午後6時。君達に同行する部下や援軍などの詳細は後で知らせるが、おそらくはスレイディー警部補に山狩り全体の指揮を執ってもらうことになる。やってくれるか?」
「はい!」デニムは力強く答えた。
「分かりました。あの野郎をここに連れて帰りましょう」
 命令を受け入れた2人を見て、セントラーザは頭を下げた。「ありがとう!」
「出発は午後7時だ。大変かもしれんが、是非とも頼むぞ」ラマン秘書官は頷いた後、サーレントの耳元に顔を寄せた。「もう1つ頼みがある」
「何でしょうか?」
「逮捕状の執行はフローズン巡査にさせてやれ。彼女がザールに最も深い遺恨を抱いているからな。彼女の無念を晴らせてやるんだ」
「御心配無く。それは心得ております」

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