[0]最初に これはパソコン用ソフトメーカーEZ-O-Zappar社(*1)が新しくパソコンゲーム市場に進出する際、ゲームの企画を検討すべく行われた企画会議の模様を紹介した……という設定で書かれている。なお、「EZ-O-Zappar」というゲームメーカーは架空の存在であり、実在する如何なる団体・組織とも関係しない。 |
[1]基礎情報の開陳 社長:さて、君達に集まって頂いたのは他でもない。実は、この度、我がEZ-O-Zappar社は、ビジネス用パソコンソフト以外にも、新たにパソコン用ゲーム市場への進出を果たすこととなった。 一同:(ぱちぱちぱち) 社長:そこで、まず最初に、どのような作品がパソコン用ゲーム市場でヒットするのか調査・考察を行った上で、我々はソフトの開発に取り掛かることにしたい。初めてのソフトだから、手を抜くわけにはいかないぞ。 総務部長(以下「総務」):はい。 社長:そこで、君達3人の部長に、昨今話題になったソフトについて調査・考察を行ってもらいたいのだが……。 企画部長(以下「企画」):それでしたら、このソフトはいかがでしょうか? そう言って懐から1枚のCD-ROMを取り出す企画部長。レーベル面には『ONE 〜輝く季節へ〜』と書かれていた。 社長:用意が良いな。 企画:はい。本日の会議の参考資料になるのではないかと持参致しました。私は完全クリアしております。 営業部長(以下「営業」):噂と評判は色々と聞いているのですが……プレーしたことは無いですね。総務部長は? 総務:私も名前だけしか聞いたことがありません。 社長:どういうソフトかね? 企画:1998年5月にTacticsがリリースしたWindows95及びWindows98向けのソフトです。 社長:では、作品の概要を聞かせてもらおう。 企画:かしこまりました。(おほん)えー、Tactics社が1998年5月に作りました『ONE 〜輝く季節へ〜』でございますが、キャッチフレーズは「心に届くAVG」。過去に他社から発売されました『雫』(*2)、『痕』(*3)、『弟切草』(*4)のように、画面上に表示されます文章を読み進めていきながら、途中で出現する選択肢を選ぶことによってゲームが先に進んでいく形式を使っております。 社長:昔のゲームブックを高度化したようなもの、といったところだな。しかし、ゲームとしては面白みに欠けるのではないかね? 企画:はい。確かに、ゲームシステムで奇をてらったようなことをしておりません。しかし、この『ONE 〜輝く季節へ〜』という作品の最大のセールスポイントはストーリーであると考えています。下手に奇抜なゲームシステムを導入してしまったとしたら、プレーヤー達の考えが「奇抜なゲームシステムを解いて楽しむ」ほうに向いてしまわないかと心配したのでしょう。「ゲーム」としてゲームを楽しまれるのでしたら、奇抜なゲームシステムでもあったほうが良いでしょう。しかし、繰り返しになりますが、この作品で楽しんでもらい、感動してもらいたかったのは、ゲームシステムではなくストーリーだと思いますので……。 社長:再確認になるが、「プレーヤーをストーリーで感動させること」が目的だった、と言うのかね? 企画:その通りでございます。 |
[2]なぜメーカーは18禁に向かうのか 企画部長の説明が続く中、営業部長はCD-ROMをずっと見つめていた。そして、企画部長の言葉が終わるなり、すぐに訊ねた。 営業:この作品はパソコン用ゲーム……でしたよね? 企画:はい。システムの都合上、WindowsNTでは正常に作動しないようです。 営業:当然18禁になるんでしょうな?(^o^) 企画:それは当然です(^o^)。 社長:ちょっと待て。どうして「当然」なのかね? 営業:社長、現在のパソコンゲーム市場では、そうすることが「生き残り」に必要不可欠だからです。 社長:ふむ……詳しい説明をお願いしよう。 営業:はい。今日のパソコンゲーム市場では、ゲーム全体に占める18禁ゲームの割合が大きいことを考慮しなければなりません。18禁ソフト以外で登場したヒット作は『信長の野望』シリーズ(*5)や『Diablo』(*6)、『Ultima Online』(*7)などごく一部に限られています。それ以外に売れているパソコン用ソフトの大半は、『Lotus 1-2-3』(*8)のようや表計算ソフトや、『一太郎』シリーズ(*9)に代表されるワープロソフトなど、ゲーム以外のソフトばかりです。 社長:どうしてそうなったのかね? 営業:ちょっと長くなりますが、よろしいでしょうか? 社長:うむ。 営業:まず、今の日本では家庭用ゲーム機市場があまりに大きいことを考慮しなければなりません。つまり、パソコンに手を出さなくとも、家庭用ゲーム機を買えば面白いゲームはいくらでの楽しめるのです。それに、動画処理能力は家庭用ゲーム機のほうが上ですから、アクションゲームやシューティングゲームに限れば、パソコンは家庭用ゲーム機に逆立ちしても追いつかないと思われます。 総務:ふむふむ。 営業:続いて、購買層の問題を考慮しなければなりません。一般的なパソコンユーザーというのは、10代後半以上の人間で、おそらくは男性が多いと思われます。ところが、彼らの多くは家庭用ゲーム機の1つや2つは持っているはずです。現に私もSuperFamicomとPlayStationを持っています。 社長:つまり? 営業:パソコンユーザーの目をパソコン用ゲームに向けさせ、パソコン用ゲーム市場でヒットを飛ばす為には、家庭用ゲーム機に負けないような「付加価値」を持ったソフトが必要になるのです。普通のゲームならば家庭用ゲーム機やゲームセンターでも楽しめますからね。そして、パソコン用ゲーム独自の「付加価値」というものは、主として以下の3つの絞られます。 営業部長はそう言って立ち上がり、ホワイトボードに赤字で文を書いた。
総務:『大戦略』(*10)や『信長の野望』、『Age of Empires』(*11)のようなSLGは(1)を活用したソフト、というわけですか。 企画:そうですね。今でも、SLGに限定すれば、パソコン用ゲームソフトのほうが家庭用ゲーム機用ソフトよりも質が高い(*12)ですし。 社長:(2)は『Diablo』のようなオンラインソフトが持つ付加価値だな。 営業:はい。そして、残る(3)を活用したのがいわゆる「18禁ソフト」です。最近では、パソコンで発売されたSLGの家庭用ゲームへの移植が進み、家庭用ゲーム機でもDreamcastのような通信機能を搭載したハード(*13)が出現しています。こういった現状を考えますと、パソコン用ゲームの独自性は(3)のみで発揮されているのではないか、と考えています。 総務:つまり、基本的には、「18禁でないとパソコン用ゲーム市場でヒットは飛ばせない」というわけですか。 営業:はい。 社長:しかし、かつてSegaSaturnでは、『野々村病院の人々』(*14)のような18禁ゲームも発売されていたと聞いたが、それはどう考えるのかね? 総務:あれは消費者団体等の反発によって、中止になってしまいました。それに、SEGA SATURNではその後も18歳以上推奨のソフトが発表されていたのですが、これもPlay StationやNintendo 64の熱烈な信奉者からは白い目で見られたと聞いています。……まあ、これはパソコンの話とは関係無いことですが。 社長:では、この『ONE 〜輝く季節へ〜』は市場戦略の為、(3)の「付加価値」を持たざるを得なかった……というわけだな。 企画:はい。18禁シーンを省略して最初から家庭用ゲーム機専用ソフトとして売り出す……という戦略も存在したのでしょうが、Tacticsの場合は『同棲』(*15)、『MOON.』(*16)とパソコンでゲームソフトを既に発表していますので、パソコン用ソフトを作り続けるほうが得になるはずです。新しくPlayStationへの進出を考えたら、余計なコストが掛かりますし。 営業:ところで、企画部長。18禁ゲームとしての分類はどれになるのでしょうか? 社長:何だね、それは? 営業:ああ、これは失礼致しました。実は社長、一口に18禁ゲームと言いましても大きく2つのカテゴリーがあるのです。 総務:「純愛系」と「陵辱系」の区分ですね。 営業:はい、その通りです。前者──純愛系18禁ゲームは専ら女性との恋愛関係の進展をゲームの中心に据え、性交渉は原則として「両者合意の上」で「優しく暖かく」行われるのが特徴です。 社長:ふむふむ。……で、もう一方の「陵辱系」とは? 営業:一方、後者──陵辱系18禁ゲームのほうですが、こちらでは女性との性交渉がゲームの中心、と申しましょうか、「セックスそのものが目的になっている」作品が非常に多く、性交渉の際に「女性側の同意が無い」ことが多いのです。また、その内容も多種多様でして、SMを含む「物理的且つ精神的に痛そうな」描写が多いのも特徴です。そのため、この系統のゲームは「鬼畜系」と表現されることもあります。……まあ、実際には、「純愛系」と「陵辱系」の境界線は曖昧でして、両方の描写が存在する作品も存在しますが……。 社長:つまり、「実際にゲームをやってみるまで分からない」ということだな。 営業:はい。私はそう解釈しております。 社長:代表的な作品はどういったものが挙げられるかね? 営業:純愛系作品ですが、まあ……『ONE』と同じADVから選ぶとすれば、『ToHeart』(*17)や『同級生』(*18)を挙げるべきでしょうか。一方の陵辱系18禁ADVの代表作としては、『痕』や『遺作』(*19)あたりがお勧めですね。ジャンルをADV以外に広げれば、純愛系ゲームは……そうですね、『D+VINE[LUV]』(*20)辺りがよろしいでしょう。ADV以外の陵辱系・鬼畜系ゲームとしては、『SEEK』シリーズ(*21)はいかがでしょうか? また、そのものすばりの名前を使ったソフトとしては『鬼畜王ランス』(*22)という作品もございます。 企画:あと、両方の要素が揃っているゲームは結構多いですよね。例えば『ママトト』(*23)とか。 社長:なるほど。意見は大体分かった。……で、結局、『ONE 〜輝く季節へ〜』はどちらのグループに属する作品なのかね? 企画:私がプレーした感触としては、純愛系ゲームに含まれるでしょう。 |
[3]そして1回目プレーは始まった 社長:では、早速やってみよう。 席を立つ社長。彼は会議室の一角に置かれていたパソコンの前に座り、慣れた手付きで『ONE』のインストール作業(*24)を開始した。そして、パソコンの画面に『ONE 〜輝く季節へ〜』のタイトルが表示される。 総務:BGMが無いとは……静かな幕開けですね。 営業:主題歌やオープニングは無いのですか? 企画:ありませんでした。 営業:それは惜しいことを……。 社長:どういう意味だ? 営業:いや、今は申しますまい。先をどうぞ。 社長:セーブデータは無いから、まずは「START」だな。 社長の右手が滑らかに動く。画面は名前入力場面へ切り替わった。 営業:自由に名前が決定できるようですね。 企画:デフォルト名は「折原浩平」になっています。 社長:では、早速私の名前を── 企画:ちょっと待ったぁぁぁぁっ! 唐突に上がった大声を聞き、思わず耳を手で塞ぐ3人。 社長:……待て。何があった?(--#) 企画:はっ……も、申し訳ありません。しかし……御自分の名前を入力されることだけは止めたほうがよろしいかと……。 営業:どうしてですか? 企画:実際にプレーしてみれば分かります。 社長:ふん……そこまで言うならば、デフォルトネームのままでプレーしてみようではないか。 社長は主人公の名前をデフォルトの「折原浩平」のまま開始した。 社長:ふむふむ…………(マウスをクリックしてストーリーを追いかけている)。 営業:え? ……あ……あれ? 企画:あの……営業部長、いかがなされました? 営業:……このイラスト……デッサンが変ですが……。 画面に表示されていたのは、転倒した状態から顔だけを上げた七瀬留美のイベントCGだった。 社長:……そうなのか? 私には分からないが。 営業:はい。大学時代に同人誌でイラストを描いていたので、多少は分かるんです。それに、このイラスト……目が不自然なほど大きく描かれていますね……。 総務:少女漫画を見ているような気分ですな。 企画:大丈夫です。その内、気にならなくなりますよ。 営業:だといいんですけどねえ……(溜息)。 ゲームは順調に進み、11月30日午後の授業──折原浩平が七瀬留美の頭髪で遊ぶシーンまで終了した。 企画:……どうでしたか? 社長:いや、納得した。企画部長の言う通り、自分の名前を入れなくて正解だったぞ(^^;)。こいつは赤の他人としてみたほうが面白い。……しかし、このようなシーンがこの後もずっと続くのかね? 企画:はい。彼は関西系のギャグをゲームの後半まで見せてくれます。『ONE』というゲームのセールスポイントの1つは、この主人公の破天荒で笑える言動なんです。 営業:好悪は抜きにして、癖のあるキャラクターであることだけは確かですね。 総務:しかし、自分の名前を入れていたら、途中で投げ出す人間が出てきても、決しておかしくはないでしょうな。このギャグが嫌いな人間はいるでしょうし。企画部長がプレーされた時、名前はどうなさいましたか? 企画:私はデフォルトのままプレーしました。でも、私の知人の中には、彼の名前を「(削除)」(*25)にした人もいます。 営業:(^^;)そ、それはまずい。 社長:…………さて、もうそろそろ1日が終わりそうだから、ここで一旦セーブするぞ。 セーブ画面を見た社長は思わず感嘆の声を上げた。 社長:おおっ! セーブファイルが30個もあるぞ。これは便利だな。 企画:え? そうだったんですか? 社長:知らなかったのか? 企画:私も今気付きました。てっきり、セーブファイルは10個だけだと思っていた(*26)のですが…… (^^;) 。 営業:企画部長、上のほうにちゃんと「1/3」という表示が出ているじゃないですか。 企画:あ、本当だ……。 その後、社長の1回目プレーは2時間ほど続き、上月澪シナリオのバッドエンドを迎えた。 総務:これで終わった……みたいですね。 営業:そうですね。 総務:主人公がこの世から消えてバッドエンド……なんですよね? どうもすっきりしないというか、謎だらけのまま放り出されたという印象があるのですが……。 企画:1人のバッドエンドだけでは、『ONE』の世界観を全部掴むことはできません。6人いる女性キャラ全員とのグッドエンディングを見れば、世界観を理解できる構造になっています。 社長:どの選択肢で間違ったのだろうか? 企画:少し前の……そうそう、この日の選択肢を間違えていたようですね。 社長:ふむ。では、このデータをロードして、と……。 約30分後。画面にはスタッフロールが流れている。 社長:ふう……これで終わりだな。 企画:おめでとうございます(ぱちぱちぱち)。 総務:1人の女性をクリアするまでに3時間、使ったセーブファイルの数は17個(*27)でしたな。 企画:まあ、そんなところでございましょう。 社長:それにしても、なかなか良い話だった……のだが、営業部長はどうした? 3人は後ろに立っていた営業部長に視線を向ける。彼は持っていたハンカチで涙を拭っているところだった。 営業:…………いや、失礼。ちょっと涙もろい性質だったもので……(グスン)。 企画:いえ、別に構いません。これで同志(*28)がまた1人増えましたね (^o^) 。 社長:……と、そう言えば、今日は何曜日だったかな? 企画:金曜日です。 社長:ふむ……ならば決まりだ。 企画:何がです? 社長:今から、秘書課の者を秋葉原まで走らせ、経費でこのソフトを3本買ってこさせよう(*29)。そして、月曜日までに我々4人がこのゲームをプレーして、その結果を月曜日の企画会議で報告し合うのだ。そのついでに、このゲームの関連情報をできる限り集めて欲しい。 営業:それは良いアイデアですね。 総務:あの、社長……日曜日は家族とピクニック── 社長:徹夜で頑張り給え。 にこやかに微笑みながら総務部長の肩を叩く社長。総務部長は溜息を漏らしていた……。 |