EZ-O-Zappar社の機密議事録(5)


[13]『ONE』のファンタジー性とは?

営業:続いての論議の対象となりますのは、『ONE』の世界設定ですね。
企画:一見すると、このゲームは、高校という舞台を使って「女性との別離と再開」を描いた、古典的なラブロマンス……ということになりますよね。でも、「えいえんのせかい」という世界設定が挿入されたため、ゲームの雰囲気ががらっと変わってしまった……。
社長:プレーヤーの多くは驚いただろうな。
総務:そうでしょうな。画面の雰囲気だけ見ると『ToHeart』と大して変わりませんし。
営業:この世界設定と脚本が、『ONE』における論争の中心であり、『ONE』に対するプレーヤーの見解を決定しているように感じられるのです。
社長:一応、私は「えいえんのせかい」を理解したつもりでいるのだが、君達3人はどうなのかね?
総務:エンディングは7人分確認していますから、大丈夫だとは思います。
社長:なるほど。では、営業部長と企画部長は?
営業:多分、理解している……と思います。
企画:私はバッチリです。
社長:ならば話は早いが……、この『ONE』というゲーム、とても訳が分からなかったぞ。
営業:と言いますと?
社長:異世界の設定を持ち出すのは興味深かったのだが、その提示方法が「夜寝ている間に『えいえんのせかい』の情報を知る」という形式だった──
企画:え?
総務:は?
営業:ちょっと……?

 3人からほぼ同時に疑問符を投げ掛けられ、社長は額から冷汗を流す。

社長:……ど、どうしたのかね?(--;)
営業:社長……その解釈、間違ってます。というか、その解釈だと、矛盾だらけになってしまいます。
社長:?
営業:『ONE』というゲームなんですが、世界観としては社長が仰ったような構造にはなっていないんです。……と申しますか、全く正反対になっておりまして、「えいえんのせかい」に移動した後の主人公が向こうの世界から現実世界のことを思い出している──という構造になっているんです。
社長:……ほ、本当か? 根拠は?
企画:最も端的な根拠はプロローグの文章です。「だからあの時……」の前後に書かれていた奴なんですが、あれを「『えいえんのせかい』に行ってしまった主人公の後悔の弁」と解釈すれば、全てが丸く収まるんです。

 その後、3人の部長は実際に『ONE』冒頭の文章を社長に見せた。

総務:どうでしたか?
社長:ああ、なるほど……。確かに、言われてみればそういうことになるわけだな。うん、納得したぞ。
企画:それは良かった。
営業:……というか、先程、脚本の説明の際にレジュメをお渡ししたはずです(T_T)。
社長:レジュメ……おお! こいつはすまなかった。忘れていたぞ。
企画:(T_T)……さて、気を取り直して、先に進みましょう。『ONE』の脚本・世界設定を楽しむ為には、最初にこの「誤解」を解消しなければなりません。折原浩平と謎の女性による会話は「毒電波」(*96)ではなく、これこそが「現在」行われている会話である──まずは、ここを理解しないと論議が全く噛み合わない(*97)のです。実際、ここを放置したままゲームを続けた為に『ONE』の世界観が全く分からなくなり、「世界観が訳分からん」と『ONE』に対して批判を述べるユーザーが数多くいましたからね。
社長:しかし、これを普通のユーザーが理解できるか?
総務:難しいところでしょう。我々3人はプレー中に理解できたから良かったのですが……。
営業:その点では、インターネットに存在する分析・考察系サイトの存在は非常にありがたいですね。
社長:その通りだな。しかし、これで『ONE』における時間軸の誤解は解消されたわけだが、まだ謎は残されたままになっているな……というか、謎だらけだ。
営業:例えば?
社長:色々あるのだが、例えば、こんなところだな。

 社長はホワイトボードに書かれていた字を全て消した後、黒いペンで再び文章を書き始めた。

<『ONE』の世界設定に関する謎>
(1)そもそも「えいえんのせかい」とは何か?
(2)「えいえんのせかい」はどうやって出現したのか?
(3)「えいえんのせかい」に登場する女性は誰か?
(4)「えいえんのせかい」における時間の流れ方はどうなっているのか?
(5)主人公は「えいえんのせかい」からどうやって脱出したのか?
(6)主人公が「えいえんのせかい」から戻るのが1年後となっていた理由は何か?
(7)主人公脱出後の「えいえんのせかい」はどうなってしまうのか?
(8)「キャラメルのおまけ」って何?



企画:実に多いですね。
社長:ああ。
営業:実際には、これに加えて、「(9)氷上シュンの存在意義は一体何か?」「(10)茜の親友だった男性と折原浩平、氷上シュンの差異は何だったのか?」という疑問点も提示されることになります。
社長:答えは分かるのか?
企画:もしお知りになりたいのならこちらがお勧めです。

 そう言って、企画部長は多数のURLが書かれたメモ用紙を社長に手渡した。

社長:ありがとう。家に帰ってから拝見しよう。
総務:……それにしても、こうやって改めて考えてみますと、実に多くの情報が謎のまま放置された構造になっていますね。
企画:ええ。製作者としては、この「謎」の部分はプレーヤーの想像力によって補完してもらおう、と考えていたのではないでしょうか。
総務:言うなれば、探偵小説において「問題編」のみを先に出題し、「解答編」をユーザーに委ねたような構造になっているのでしょうか?
企画:うーん……「探偵小説の問題編だけ」と言うよりも、「ファンタジー」として考えたほうが良いかもしれませんね。
総務:「ファンタジー小説」?
社長:と言われても、どこにもドラゴンやスライム(*98)が登場していないではないか。それに──
企画:社長、そっちのファンタジーじゃありません。
総務:どういう意味です? 「ファンタジー小説」と聞いたから、てっきり飛空挺や黄色い鳥形の乗り物(*99)も登場して──
企画:申し訳ありません。説明不足でしたね。社長や総務部長が仰ったのは「舞台装置としてのファンタジー」「剣と魔法のファンタジー」と一般には言われているものです。作品の中に使われている技術体系が科学とは異なっていて、魔法や魔物が登場し、そのついでに美人で金髪のエルフの女性(*100)も登場するような世界設定のことを指しているのだろうと思われます。現在の日本では、『DRAGON QUEST』や『FINAL FANTASY』がヒットしたために、「ファンタジー」と聞くと、この「舞台装置としてのファンタジー」「剣と魔法のファンタジー」をついつい思い浮かべてしまいます。
社長:私はそのつもりだったのだが……。
企画:ええ。しかし、ここで問題になっているのは「文芸様式としてのファンタジー」なんです。
社長:どういうものだ?
企画:サマリーはこういうものですね。

 企画部長はA4の紙を社長と総務部長に見せた。

<「文芸様式としてのファンタジー」の特質> ※詳細はこちら
(1)抽象的・象徴的な描写や、比喩などの表現技術を用いることが多い。
(2)結果として、読者の理性ではなく感性に対して訴えかける文章になる傾向がある。
(3)逆に、合理的・写実的・科学的な説明・描写は敬遠されがちになる。
(4)海外では良く知られているようだが、日本における知名度は決して高くない。


社長:そんなものあったのか?
営業:あったんです(キッパリ)。
企画:私の場合、大学在学中にTRPG(*101)にはまっていまして、シナリオを作る為に外国のファンタジー小説などを大量に読んだのが「開眼」のきっかけでした。
営業:私も似たようなものですね。
総務:ふむふむ……言われてみれば、実に簡単なことなんですよね、これは。
企画:総務部長は始めて御理解されたのですか?
総務:まあ……そうなりますね。とりあえず、「テクノスリラー(*102)の正反対」という解釈をすれば大丈夫、ということになりましたから。
企画:それはまた凄い理解の方法ですね(^o^)。
総務:大学の戦史研究会に在籍していた時、テクノスリラーの小説を20冊近く──文庫本にして10000ページほど読みました(*103)から(^o^)。
営業:なるほど。
総務:とりあえず、「文芸様式のファンタジー」が何であるかを確認したところで、論議を先に進めませんか?
社長:そうだな。
企画:ここから先は、「『ONE』がファンタジーである」ことを大前提にして論議を進めましょうか?
営業:それはちょっと待って頂きたい。
企画:……はい?
営業:「『ONE』がファンタジーである」ことは私も理解しています。しかし、問題はその大前提が全てのユーザーに受け入れられているのかどうかだと思われます。
社長:?
営業:特に、『Kanon』発売前に本作品のレビュー・批評を書いた人間の多くは、『ONE』をファンタジーではなく、むしろ『新世紀エヴァンゲリオン』(*104)のような不可解な作品として捉えた節があるんです。
企画:『ONE』と『エヴァ』は違うのに……(T_T)。
営業:でも、何も知らない人間から見たら似た物同士に映ってしまいますよ。表向き展開されている事実だけを見て「ああ、一緒だ」と考えてしまうことが多いと思います。多分、つい20分ほど前までの社長でしたら、この2つの作品を見比べたとしても、「全く同じジャンルの作品だ」としか御理解できないのではないでしょうか?
社長:ああ。今見比べも分からないだろうが(--;)。それ以前に、「『ONE』のファンタジー的な側面」がどういうものだったのか、そこがまだ分からん。
企画:そうですか……。では、しばしお待ち下さい。

 部長達3人は社長から数歩離れて輪を作り、小声で相談を始めた。

総務:どうしましょう?
企画:ここを納得してもらわないと、世界設定が『ONE』の商品価値に与えた影響を説明できないんですよね?
営業:その通りです。
企画:どうやって説明しましょう?
総務:とりあえず……こんなアイデアはどうでしょうか?

 ひそひそひそひそ…………。

企画:あ、これは面白いですね。
営業:うんうん。社長も御理解して頂けるでしょう。
総務:ありがとうございます。では、私は道具を取りに行ってきましょう。

 3分間続いた3人の相談が終了する。総務部長は小走りで会議室を出ていった。

社長:……どうしたのかね?
企画:今、総務部長は小道具を手配しに行っています。
社長:「小道具」?
営業:はい。

 4分後。総務部長は賑やかなイラストが描かれた箱を手に持って会議室へと戻って来た。

営業:おかえりなさい。
社長:それが問題の「小道具」かね?
総務:はい。これで『ONE』の設定と脚本・世界設定が持つ特質を分かりやすく説明できるかと思います。

 総務部長はそう言うと、会議室のテーブルの上に箱の中身をぶちまけた。

社長:ジグソーパズルか。
総務:その通りです。『ONE』のように一見すると謎だらけという作品を考える時、このジグソーパズルというものが比喩として、とても素晴らしい物になるんです。
社長:では、説明してもらおうか。
営業:その前に、このジグソーパズルを解いて頂けますか? ノーヒントで。
社長:……ノーヒントで?
総務:はい。これは幼稚園児や小学生低学年向けに作られる玩具でして、私が持ってきましたのは80ピース──横10マス・縦8マスの作品です。
社長:……狐に騙されたような気分だが……これをすれば理解できるのか?
企画:はい。
社長:そこまで言うのならば、やってみようではないか。

 社長は黙々とジグソーパズルを解き始める。約5分後、社長はとりあえずパズルを完成させた。完成したのはアメリカのアニメのキャラクター達がサーカスに興じる姿。しかし、パズル中には1ブロックの欠損個所が存在した。

社長:穴が空いたままだぞ。
総務:それでよろしいのです。私がわざとそうしたのですから。
社長:どういう意味だ?
企画:ゲームや一般的な文芸作品をジグソーパズルに喩えると、その脚本・世界設定はこんな感じになります。ほぼ全てのピースを埋めることはできますが、1ヵ所か2ヵ所の欠損部位──分からない場所はどうしても発生してしまいます。しかし、周囲のイラストから、欠落した情報の中身は想像できますよね? 例えば、このジグソーパズルの場合はどうです?
社長:上のブロックに熊がいて、下のブロックには地面とボールが描かれているから、3つ合わせて「球乗り曲芸をしている最中の熊」ということになるのかな?
総務:その通りです(そう言って欠損部位を埋める)。
社長:これで完成だな。
企画:そして、多くの場合、世界設定に対する評価・批判というのは、完成したイラストの良し悪し──この場合はサーカス一座の姿ですが──を基準にして論議されます。世界設定に対して批判が寄せられるのは、大体2つの場合に限られます。第1に、「完成したイラスト」が汚かった場合、言い換えれば、世界設定や脚本が稚拙な場合です。第2の場合は、世界設定という名前のジグソーパズルを完成させようとした時、ピースが噛み合わなくなる場合、言うなれば設定情報や脚本に矛盾が存在した場合です。世界設定の矛盾が発生した代表的な事例としては『CHRONO CROSS』(*105)が挙げられますね。
総務:しかし、それは『CHRONO TRIGGER』(*106)知らないと気付かないネタ(*107)──
企画:それは禁句です(^^;)。
社長:ふむふむ……それで?
企画:話を戻しますが、ほぼ全てのピースが埋まっているのが基本形なんです。『痕』や『Xenogears』(*108)のように、クリアした時点でピースが全て完璧な形で埋まってしまうケースも珍しくありません。
総務:ところが、『ONE』ではこうなっているんです。

 総務部長はそう言うと、ジグソーパズルの中央部から無造作に19ピースを抜き取った。その後には巨大な空洞が残されている。

社長:……どういう意味だ?
総務:これが『ONE』のやったことです。
社長:つまり?
総務:ジグソーパズルの中心部、つまりは世界設定の核心に相当する部分の情報が欠落しているんです。「えいえんのせかい」に関する謎はまさにその好例です。このジグソーパズルで言いますと、先程まで、ここには炎の輪をくぐろうとする虎の姿が描かれていました。しかし、20ピース近くが無くなってしまったせいで、ここに何があったかを断言することはできなくなりました……でしょう?
社長:ああ。しかし、勝手に想像することはできるわけだな? 例えば、ここではジャグラーをしている男性の姿が描かれているのかもしれないし、ピエロがダンスを披露しているのかもしれない。はたまた、ここには巨大な水槽が置かれていて、その中では美しい女性が逆さ吊りにされた状態で大脱出に挑戦しているのかもしれないわけだな?
営業:大脱出とは……それはまた凄い(^^;)。
企画:(^^;)……それはともかく、今、色々と自由に想像なさいましたよね? これこそが『ONE』の世界設定の持つ最大の特質なんです。
社長:自由に想像させることが?
企画:そうですね。完成されるであろうジグソーパズルの図柄──「えいえんのせかい」というものが、18禁ゲームを好んでプレーする世代の人間には受け入れられやすい、というのもございますが、パズルの中央部であり最も肝心な部分を敢えて空白のままにすることによって、プレーヤーに「えいえんのせかい」が何であるかを自由に想像してもらい、その上で「えいえんのせかい」を通じてプレーヤーに何かを感じ取ってもらう……これが製作者達が意図したであろう「えいえんのせかい」の姿だと思われます。
社長:なるほど……そういうことか。つまり、製作者達は「えいえんのせかい」について、明示的な解答を用意していないと言うわけなのか?
企画:そうらしいですね。1999年10月にASCIIが出した『輝く季節へ ビジュアルファンブック』にも、「統一見解は無い」という趣旨の言葉が書かれていました。


[14]『ONE』と『エヴァ』って似ていたの?

総務:私もそう思います……が、『ONE』の世界観にはいくつかの問題点が存在します。
社長:ふむ……それは何だね?
総務:まず第1に、『ONE』の場合、ジグソーパズルの空白域──言い換えますと想像力による補完が要求される設定情報のサイズがあまりに大きい上に、それがストーリーの核心であり世界設定の根幹を為す「えいえんのせかい」に関する物ばかりである点。日本国内で一般的に出回っているゲームや小説が、この種の想像力による補完を要求する場合も、ここまで大掛かりな補完を要求することは滅多に無かったのです。設定の「大きさ」としては『YU-NO』(*109)のほうが数段上ですが、こちらはしっかりと世界設定の説明を行っていますし、失われたピースも容易に補完可能でした。設定の中枢部分に関して大規模な空隙が存在した例としては、前出の『エヴァンゲリオン』が有名でして、この作品の場合には、世界設定の解説・考察を試みた書籍が多数出回っていたんです。今日、インターネット上で展開されている『ONE』に対する分析・考察も、表面上の行為は『エヴァ』で行われた分析本の執筆と大して変わりません。
社長:ふむふむ。
総務:続いて第2に、『ONE』の場合、既にピースが埋められている他の部分──各ヒロイン毎のエピソードや設定が美しく作られているため、世界設定の根幹を無視して、この部分だけで作品を楽しむことが可能になってしまうという現実があるんです。これはこれでゲームの楽しみ方の1つですから異論は挟みません。……実を言うと、この部分も『エヴァ』と『ONE』は似通っているんですがね。現に、CGやSSはインターネット上に溢れていますし、この2作品を扱った同人誌は実に多いですよ。
企画:なるほど。
総務:第3に、この『ONE』が文芸様式としてのファンタジーとして作られている点を考慮しなけれはなりません。どれだけ合理的な分析を重ねたとしても、『ONE』が文芸様式としてのファンタジーであることや、作品中にそれ固有の技法が多数用いられていること、そしてプレーヤーにはジグソーパズルの空隙を自らの想像で埋めてもらうことが「要求」されていることを理解しない限り、『ONE』の世界設定に対する「理解」は大きな「困難」に直面することになってしまいます。前出の『エヴァ』と『ONE』の決定的な差はここに求められます。
社長:『ONE』は文芸様式としてのファンタジーだとすると、『エヴァンゲリオン』はSF、ということか?
総務:はい。私はそう感じました。あのアニメの場合、設定や雰囲気が近未来だったことや、作品中に宗教学・心理学等の専門用語が多数飛び交っている(*110)ことが原因となって、多くの視聴者に対して「『エヴァ』ってSFなんだ」という印象を与えることになりました。
社長:つまり?
総務:「『エヴァ』はSFなんだ」と視聴者から期待されていた以上、これを作ったGAINAXのスタッフは、視聴者やファンの声に応えて、用意していた設定情報をラストに公開し、マニアを納得させるなり仰天させるなりしなければならなかったのです。そして、用意されている設定情報は可能な限り合理的且つで論理的であり、各情報間の矛盾は限界まで排除されていなければならない──「『エヴァ』がやらなければならなかったこと」とマニア達から一般に考えられていたこととは、全て今言ったことに尽きます。ところが──
企画:ええ。結局、あの作品はああいう終わり方(*111)をされてしまいました。謎が全て解消されたわけではなく、逆に新しい謎が大量に出現してしまった。そして、アニメを作った会社は脱税で摘発され──
営業:企画部長、そこから先は禁句です(^^;)。
企画:……とまあ、そういうわけなんです(^^;)。
社長:では、結局『エヴァ』とは何だったのだ?
企画:私は知りません(^^;)。考えるのすら嫌、というのが本音ですね。
総務:(おほん)……ええと、話を元に戻しますが、『ONE』はSFとして作られているのではありませんから、設定情報を全て公開して説明文を長々と読ませる作業が不要になります。各設定間に多少の矛盾が存在したとしても、世界設定の根幹部分が謎だらけだったとしても、プレーヤーの想像力によって空隙を自由に埋め、矛盾を解消することが可能になっていますし、それらがプレーヤーに求められていると言えます。本質的な部分では、ファンタジーの技法を用いた『ONE』と、SFの文法を用いたと考えられている『エヴァ』は全く別物になります。別物になるはず……なんですが、ここで私が問題点の1番目に提示したことが響いてくるんです。
社長:そうか! 設定情報が穴だらけという外観は、『エヴァ』と『ONE』では全く一緒だったんだな。
総務:その通りです。そして、日本では、文芸様式としてのファンタジーは一般にはあまり知られていません。もし、プレーヤーが『ONE』は文芸様式としてのファンタジーであることに気付かなったら、どうなると思いますか? その先に、こういう意見が出てきても不思議ではないでしょう? 「設定情報に穴と矛盾を残したままゲームを終わらせてしまっている。これではあの『エヴァ』と変わらないじゃないか」と……。
営業:完全に『エヴァ』のとばっちりを受けていますね。
総務:はい。そして、こういった人間は、世界設定を除く『ONE』の各要素に目を向け、そこで作品としての良し悪しを判断していくことになります。それこそ、掲示板やレビューサイトで「感動した。しかし、説明不足・設定情報の相互矛盾が『ONE』最大の欠陥」と書くような人や、世界設定に対する評価を完全に無視して『ONE』を賞賛する人は、概ねこのタイプに属しています。
企画:しかし、世界設定を理解せずに『ONE』を批判するのは筋違いだと思いますが……。
総務:『ONE』が文芸様式としてのファンタジーであり、想像による補完こそが世界設定を楽しむ「鍵」になっていることを知っていれば、そういうことになるでしょう。しかし、普通のプレーヤーの中で、そのことに気付く人間はそう多くないと思います。そんな深い事情も学術的知識も知らない人々が、上辺で類似性が存在する2作品を見比べたら、「この2つの作品は似ている」と言い出しても不思議ではないと思います。自分がある事象を理解できたからといって、他人が同じ事象を理解できるとは限らない(*112)のですぞ。
企画:…………。
総務:…………。

 企画部長と総務部長は堅く口を閉ざした。約20秒後、営業部長によってその静寂が破られる。

営業:あの……話を戻しませんか?
総務:そうですね、失礼しました。……『ONE』がファンタジーであると気付かなかった人達のケースは、先程申し上げた通りです。一方、『ONE』が文芸様式としてのファンタジーに分類されることを理解した人間の中にも、賛否両論が存在します。1つ目のグループは文芸様式としてのファンタジーに着目し、その完成度の高さを賞賛する人々。2つ目のグループは文芸様式としてのファンタジーそのものに対して疑問・異議・嫌悪感を持っている人達。3つ目のグループは1つ目のグループの傍流に属する人達で、文芸様式としてのファンタジーに理解を示しつつも、登場人物達の性格・言動が気に食わず、『ONE』に対して嫌悪感を抱く人々。それこそ、「折原浩平は『えいえんのせかい』へ逝って良し。あれさえなければ完璧だった」と言い出すような人達です。
企画:「逝って良し」はまずいのでは……(--;)。
総務:(企画部長の言葉を無視する)私からは以上です。
社長:ふう……やっと終わったか。
営業:それにしても、批判点を論じるにしては、やけに熱がこもっていましたし、長かったですね。どうしてなんです?
総務:今の私の意見ですが、テクノスリラーやSFを読み慣れた人間としての偽らざる本音なのです。テクノスリラーやSFの醍醐味の1つは、緻密且つ大量に用意され公開された設定を読んで心酔する点にあります。また、これらの作品を読んで楽しむ人間の想像力は、用意された設定を使って新しい話を作る方向や、隠されている設定を論理的且つ科学的に読み解こうとする方向、または自前で架空の世界を作り、自前で大量の設定情報を構築する方向に向かいやすいのです。そして、今説明したような人達が最も嫌うのが、世界設定と脚本の根幹を為す重要な情報が用意されず読者任せにされてしまうことや、脚本の論議で私が言った「デウス・エクス・マキーナ」の登場なんです。
営業:『ONE』ではどうでしたか?
総務:『ONE』の世界設定はテキストからの科学的解釈を試みようとするとどこかで壁にあたってしまい、その中核部分はユーザーによる想像による補完──言うなれば「電波補完」(*113)に委ねられています。それだけでも、我々のような人間から言えば頭の痛い話なのですが、スタッフ達の言葉なんかを聞いていると、「実は、スタッフは世界設定を重視せず、奇跡の再会を演出する為だけに、『えいえんのせかい』という不可解な設定を『ダシ』として使ったのではないか」という推測が導き出されてしまいかねないんです。ここまで来ると、本当に匙を投げたくなってしまう(*114)んです。しかも主人公は自分勝手で我侭。そうなると、「自分をはじめとするオタク達の願望をそのままストーリーに反映させただけじゃないのか」という攻撃すら登場するようになるんです。……まあ、金儲けを優先させるなら、それで別に問題無いのですが(^^;)。
企画:一種の設定至上主義ですね。
総務:設定至上主義ねえ(^^;)。まあ、全てのSF読みやテクノスリラーのファンがこういう人間だとは言いませんが、SFやテクノスリラーを好む人達の中に、企画部長が仰るところの設定至上主義者が一定数存在することは確かです。で、そういった人間から見れば、『ONE』は一般に言われているほど──
企画:ええ。それは分かります。分かりますが、今度は私のようなに人間から言わせると──
総務:そうですよね……。だとすると、この両者を隔てる溝というものは実に深いですな。
企画:おそらく、私達の想像以上にね……。単なる批判と言うよりも、これは「生理的嫌悪感」に近いのかもしれませんね。
社長:……では、営業部長。世界設定の面から『ONE』を商品として判定するとどうなるのかね?
営業:成功したとはとても言えません。「えいえんのせかい」というのは非常に興味深い設定であり、以降のゲームの作り方にも影響を与え得る話題性を持っています。しかし、企画部長と総務部長の会話にもございましたように、人によって好悪が真っ二つに割れてしまう内容を持っています。それに、『ONE』発売当時、日本においては文芸様式としてのファンタジーはあまり認知されていませんでしたから、かなりの数の人間が、世界設定について「訳が分からない」と匙を投げることになったと思います。その結果、アニメ『エヴァンゲリオン』との類似性を根拠にした批判をも招いています。
社長:明かに万人受けしない作品だな。
営業:はい。世界設定に限って言えば、明らかに玄人好みの作品なんです。勿論、そういった玄人達がこの作品にはまり、インターネットなどで分析・考察サイトなどを開き、間接的に『ONE』の宣伝に寄与している側面は見逃せません。しかし、そういった考察系サイトの意見を聞いて『ONE』に興味を抱く人間も、その多くが玄人です。結局は、似た者同士の間で「この世界観は凄い」と論議することにしか繋がりません。マニア受けしやすいという点では、商品として成功しているとも言えるのですが、明らかに販売対象を絞り過ぎています。
企画:ひどい評価ですね(--;)。
営業:ええ。「商品」として『ONE』の世界設定を評価しているからこうなるんです。もしも、「芸術作品」として『ONE』の世界設定──「えいえんのせかい」を評価したらどうなると思いますか?
企画:文芸様式としてのファンタジーを駆使して作り上げられた独創性の高い世界、ということになりますね。
営業:そう。「芸術作品」として『ONE』を見た場合、絶賛とまではいかなくても、かなり高い評価が与えられると思いますね。独創性が高いことに疑いを挟む余地はありませんし、反応が「大好き・大嫌い」の真っ二つに割れてしまうことは、芸術性の高い作品には良くあることですから(^^;)。



注釈

「毒電波」(*96)
 語源は前出の『雫』。

ここを理解しないと論議が全く噛み合わない(*97)
 『ONE』発売直後に登場していた批判的意見の多くは、この誤解に端を発していた。

ドラゴンやスライム(*98)
 社長にとって、「舞台装置としてのファンタジー」とは『DRAGON QUEST』のことを指しているようである。

飛空挺や黄色い鳥形の乗り物(*99)
 総務部長にとっては、「『舞台装置としてのファンタジー』=『FINAL FANTASY』」らしい。ちなみに、「黄色い鳥形の乗り物」とはチョコボのことを指す。今では、この鳥がスクウェアのマスコットキャラクターになりつつある。

美人で金髪のエルフの女性(*100)
 企画部長は『ロードス島戦記』(水野良)を最初に思い起こすようだ。なお、「美人で金髪のエルフの女性」とは作品中に登場したハイエルフのディードリットのこと。そのインパクトは非常に強烈であり、日本における女性エルフのプロトタイプと化してしまうほどであった(これは決して誇張ではない)。また、彼女が身に着けているミニスカートはマジックアイテムではないかと噂されている。冬馬由美さんの出世作で──と、おや、何の話をしてたんだっけ?(^^;)

TRPG(*101)
 「テーブルトークロールプレイングゲーム」のこと。コンピュータRPGの原型となった。ゲーム(ストーリー)を作り進めるゲームマスター(GM)と、プレーヤー(2〜10人)によってプレーされる。プレーヤーは自分の分身となるプレーヤーキャラクター(PC)を作り、そのPCをGMの用意した世界内で動かすことによって、GMの設定した課題・冒険に挑戦する。ゲームとしての醍醐味は、GMとプレーヤーの知恵比べと、GMとプレーヤーの「共同」で作り出されるストーリーを楽しむことに求められる。

テクノスリラー(*102)
 テクノスリラーと呼ばれるジャンルの小説の特徴は以下の通り。

(1)舞台設定は原則として現実世界。異世界を舞台にする場合、独自に国家・政治・社会・宗教・軍事技術の設定を大量に用意する必要がある。
(2)登場人物には政府高官・軍事関係者・警察関係者が含まれる。
(3)政治問題・社会問題が必ず取り上げられる。
(4)前項の結果として、「特定の国際問題・社会問題に対する意見提示」という主題が提示されることが多い。
(5)テクノスリラーでは、我々には馴染みの薄い科学技術・最新兵器の紹介や、各国の政治・社会・宗教などの説明を行うことが必要になる。その結果、作品全体における説明文・状況描写の量が極めて多くなる。
(6)テクノスリラーの執筆において最も重要なのは、「脚本・設定における矛盾の排除」。


 このジャンルの小説を読みたい方には、『いま、そこにある危機』(トム・クランシー)、『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス)、『テロリストの半月刀』(ラリー・ボンド)の3冊をお勧めしたい。

テクノスリラーの小説を20冊近く──文庫本にして10000ページほど読みました(*103)
 筆者について申し上げると、これは実話である。

『新世紀エヴァンゲリオン』(*104)
 GAINAXが製作を行ったTVアニメ。1995年10月3日から1996年3月27日まで、TV東京系にて放映された。地球に襲来する謎の侵略者「使徒」との戦いに巻き込まれた3人の少年・少女達の心のトラウマを描いた作品。

『CHRONO CROSS』(*105)
 SQUAREが1999年11月にPSで発表したRPG。1995年作『CHRONO TRIGGER』の完結編。同社の高い技術力が結実した秀作であるが、前作『CHRONO TRIGGER』を知らないとストーリーを楽しめないという難点を抱えている。

『CHRONO TRIGGER』(*106)
 SQUAREが1995年に発表したSFC用RPG。タイムトラベルを前面に打ち出した大作であり、同社のミリオンヒットの1つに数えられる。坂口博信氏&堀井雄二氏&鳥山明氏&植松伸夫氏という、RPGファンにとっては夢のようなチームが編成された最初で最後の作品。光田康典氏が作曲家としてデビューを果たした作品でもある。1999年11月にPS版が発表された。

『CHRONO TRIGGER』を知らないと気付かないネタ(*107)
 『CHRONO TRIGGER』にサラという名前の女性が登場した。彼女は『CT』終了時には行方不明だったのだが、続編『CHRONO CROSS』で再登場する。しかし、『CT』では水色だった彼女の頭髪は、『CC』では金色だった。一部では、「あの変色はラヴォスの魔力のせいだ」とも噂されている。

『Xenogears』(*108)
 SQUAREが1998年2月に発表したPS用RPG。大量のロボットアニメの模倣、演出重視のストーリー、膨大な量を誇る緻密且つ遠大な世界設定、Disc2におけるモノローグの嵐など、RPGファンの間に賛否両論を巻き起こした。なお、原作者など開発スタッフの一部はSQUAREから独立し、株式会社モノリスソフトを設立している。

『YU-NO』(*109)
 elfが1996年に発表した18禁ADV。正式タイトルは『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』。A.D.M.S.(オート分岐マッピング・システム)を利用して、パラレルワールドを舞台に冒険を描いた超大作。1997年12月にSega Saturn版(18歳以上推奨)が発表されている。

宗教学・心理学等の専門用語が多数飛び交っている(*110)
 専門家によると誤用だらけだったらしい。

ああいう終わり方(*111)
 アニメ版は「おめでとう」という言葉で終焉を迎えた。一方、映画版のほうは、主人公ともう1人の女性だけが生き残り、最後に「気持ち悪い」という台詞を残してそのまま終劇。どちらにせよ、不可解極まりない。

自分がある事象を理解できたからといって、他人が同じ事象を理解できるとは限らない(*112)
 頭の良い人間が特に陥りやすい過ちである。

「電波補完」(*113)
 これも『雫』から来た表現である。

本当に匙を投げたくなってしまう(*114)
 筆者は少なくても1回は匙を投げてしまっている。


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(1)(2)(3)(4)/(5)/(6)参考資料追記

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